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近藤誠氏「ワクチン副作用の恐怖」は真に妥当性のある意見なのか?

2017年12月15日 15時00分

ワクチン批判に妥当性ありや?(depositphotos.com)

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 近藤誠氏の「ワクチン副作用の恐怖」(文藝春秋、以下「恐怖」と略す)を読みました。

 放射線医学が専門である近藤氏がワクチンを論ずるのはこれが初めてではありません。これまでも何度もワクチンの問題を取り扱っています。例えば、近藤氏は2001年に「インフルエンザワクチンを疑え」という論考を発表しています(「文藝春秋」2001年2月号)。

 私は当時ニューヨーク市で内科の研修医をしていましたが、この論考の科学的瑕疵を指摘したことがあります(岩田健太郎「正論」2001年5月)。

BCGの予防接種の効果は非常に限定的

 近藤氏が予防接種や感染症の専門家ではないから、この領域を論じてはいけないとは思いません。専門家であれ、非専門家であれ、思想の自由、表現の自由は十全にあります。専門家故に見落としてしまうような大事なポイントを、非専門家が岡目八目で指摘できることも少なくありません。

 大切なのは「誰が書いているか」ではなく「何が書かれているか」です。内容の妥当性だけが重要なのです。では近藤氏の「恐怖」。内容の妥当性はどのくらいあるか。その点を私は論じようと思います。

 近藤氏の「恐怖」の主な主張の一つは「グラフを見ると、ワクチンの導入以前から対象感染症の死亡率は下がっている。だから、ワクチンに意味はない」というものです。近藤氏はワクチンの有効性そのものを否定しているわけではありません。しかし、ワクチンがなくても病気のリスクは下がっているわけだから、その「"必要性"は疑わしい」(4頁)というのです。

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

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