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今更ながら宮部みゆきは凄い!最新作『ばんば憑き』に圧倒される

2011年3月1日 11時00分 ライター情報:杉江松恋

『ばんば憑き』宮部みゆき/角川書店

新刊の時代小説短篇集『ばんば憑き』に収録された短篇「討債鬼」を読んで、今更ながら宮部みゆきという作家の力量に唸らされた。昨年刊行された『あんじゅう』にも顔を出した、手習所「深考塾」の若先生・青野利一郎が主役を務める一編だ。

ある日、深考塾に珍客があった。本所の紙問屋である大之字屋の番頭・久八だ。憔悴しきった面立ちの久八は、利一郎にとんでもない頼みごとをしてくる。大之字屋の主・宗吾郎は、息子の信太郎を深考塾に通わせていた。その信太郎を、利一郎に斬ってもらいたいというのだ。数日前、大之字屋の店頭に行然坊という旅の僧侶が現われた。その行然坊が、信太郎は〈討債鬼〉だと言ったのである。
貸したものを返してもらえず、恨みを抱いたまま死んだ者が、借り主の子供に生まれ変わり、その家の身上を食い潰す。それが討債鬼だ。信太郎がそういうあやしのものだと告げられた宗吾郎はすっかり信じこみ、情けないことに浪人の利一郎にわが子を殺させようと考えた。ひどい話である。利一郎は憤慨し、信太郎を守るために動き始める。
この話で宮部がすごいのは、はやばやとすべての鍵を握っている人物である行然坊と利一郎を出会わせ、その正体を明かしてしまうことだ。人の店に災いをなそうとする悪漢のはずなのに、行然坊には少しも邪な影がない。それどころか、利一郎が彼の身辺を探るために差し向けたわんぱく三人組も、いち早く手なずけられてしまっている始末なのだ。子供に好かれる悪党というのはおかしい、と利一郎が疑念を感じたあたりで小説は一挙におもしろくなっていく。物事が合理的な解決を見るミステリーと、すべての現象が理屈のものさしで割り切れるものではなく、あとに不合理なものが残るという怪談小説、その二つが絶妙なさじ加減で調合される。

怪談で印象に残るのは、ひとびとが「見てしまった光景」だ。見ようとして見られるものではなく、いつもそれを「うっかり覗いて」しまう。思いがけずに目に入った光景だから、逆に胸に刻み込まれ、消しがたい記憶となって残るのだ。「討債鬼」の物語でも、すべてが片付くところへ片付いたかと思った瞬間に、そうした一瞬が到来する。
『ばんば憑き』に収録された作品は、一部を除く作品は、世界初の「妖怪」専門雑誌「怪」に発表されたものだ。たとえば「博打眼」は、光文社のカッパ・ノベルスが50周年を迎えたことを記念して刊行されたアンソロジー『Anniversary50』のために書き下ろされたもので、これは作中に「50」を織り込んで短篇を書く、という競作企画の本だった。

ライター情報

杉江松恋

1968年生まれ。小説書評と東方Projectに命を賭けるフリーライター。あちこちに連載しています。

URL:Twitter:@from41tohomania

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