昔から本屋さんが好きで、欲しい本がなくてもヒマさえあれば出掛けていって、あれこれと新刊をながめたり、雑誌コーナーでいろんな専門誌を立ち読みしては、知らない世界にビックリしたり、ニヤニヤしたりしていた。娘が生まれてからは、絵本コーナーでおもしろそうな絵本を探すというたのしみも加わった。


そんな娘も小学校の高学年になり、もう絵本を読み聞かせる歳じゃなくなった。本屋さんの絵本コーナーからも足が遠のいていた。

ところが、先日、いつもレビュー用の新刊チェックに利用している書店に行き、たまたま絵本コーナーの前を通りかかったとき、1冊の絵本の表紙が目に飛び込んできた。それが左に表示されている『おかめ列車』だ。

なんだ、この表紙はしゅぽー!?

さあさあ、よい子(エキレビ読者)のみんな、お布団に入って~。おじさんが絵本を読んであげるよ~。


 *  *  *

あるところに、二人の兄妹がいました。妹の名前は「こももちゃん」。兄の名前はとくになし。作者の都合かもしれません。
今夜、二人はお父さんといっしょにお祭りへ行けるのを、とーってもたのしみにしていました。けれど、そんな二人にお父さんからショッキングな報告がもたらされたのです。

「おまつりには いけなくなったんだ。あきらめて もう ねなさい」
お父さんは簡単に言うけど、子供たちにとって、これはもう大変なショック。二人はガッカリして、布団の上でゴロンゴロンします。
やがて、お兄ちゃんの発案でかくれんぼなどを始めます。この辺の気持ちの切り替えの早さは、いかにも子供。というか、作者による子供の描写が見事なのだと言えるでしょう。

どこかへ隠れたお兄ちゃんを、必死で探すこももちゃん。おもちゃを仕舞ったつづらや、クローゼットの中などを探します。ふと見ると、敷かれた布団からチラリとお兄ちゃんの足が出ているのを見つけました。
「あ! みーっけ!」
と、布団の奥をのぞき込んでみると……中からおもしろい顔の列車があらわれ、ぱくりと二人を飲み込んでしまいました。そして、夜空へ向かって出発したのです──。

 *  *  *

こうして、二人の兄妹を乗せたおかめ列車は、二人が行きたがっていた場所まで連れて行き、様々な出来事を二人に体験させる。
お話だけをみると、とても夢のあるストーリーなのだが、なにしろ「おかめ列車」である。このビジュアルのインパクトはただごとではない。

機関車の先っちょに顔がついているという点では、我らがエキレビちゃんも相当キモいのだが、おかめ列車もそれに負けず劣らずキモい。ホームにこんなの入線してきたら普通の子供は泣く。そして漏らす。
だけど、このおかめ列車に抗いがたい魅力があるのもまた事実だ。


顔をつけるということは、その乗り物を擬人化してるということだ。考えてみれば、古来より我々人類は乗り物に顔をつけるということをしてきた。そのルーツはどこにあるんだろう。

大航海時代、船の舳先に船首像をつけたのは、海の神に航海の安全を願うという意味があったのだと思うが、あれは顔“だけ”というわけじゃない。
サファリパークのバスは、乗り物自体を動物に模しているので、顔をつけているのとはまたちがう。「となりのトトロ」の猫バスもまたしかり。

とはいえ、戦闘機の先端を「ノーズ」と呼んだり、暴走族が改造車のフロントフェンダーを「出っ歯」と呼んだりするなど、乗り物の正面を顔に見立てることは、昔も今も日常的に行なわれてきた。それを極端化したのが「顔の装着」だ。
スティーブン・キングの『地獄のデビルトラック』は、緑色をした悪魔の顔がトラックの前面に取りつけられていて、怖いと感じる以前に笑いをこらえるのが大変な怪作だった。

乗り物を擬人化する歴史のなかで、明らかに「顔だけ装着」のインパクトで一気に世界中へそのビジュアルを浸透させたのが『きかんしゃトーマス』だ。児童向けの人形アニメなのだが、これがやっぱりかっこよかったり、かわいかったりするデザインではなくて、どことなくキモい顔をしている。どうして乗り物に顔をつけるとこうなっちゃうんだろう。

もしも、「顔面装着系乗り物樹形図」なるものがあったとして、「きかんしゃトーマス」の直系に位置するのが「おかめ列車」であるのは確実だが、そのライン上には「エキレビちゃん」も並んでしまうんだよな。どんな樹形図だよ。

話がかなり脱線したが、ともかく絵本というのは、奇麗なこと、愉快なこと、道徳的なこと、そういうポジティブな要素ばかりを描くものではあってはいけないと思う。子供に見せるものだからこそ、汚なかったり、狡かったり、理不尽だったり、そういった「世の中うまくいかないよね」ってなこともちゃんと描くべきだ。さらに言えば、気持ちのわるいものもちゃんと見せるべきだ。

わたしが幼稚園のときは『いやいやえん』という絵本を読まされて、赤色の呪縛にとらわれる恐怖に悪夢を見たっけ。『赤ずきん』だって『ブーフーウー』だって、よく考えたら怖い話だよ。『本当は恐ろしいグリム童話』なんて本もあったよね。でも、これらはみんな“いいトラウマ”だ。その人間の心に強烈な爪痕を残さない表現なんて、たいした表現じゃない。
そういう意味で『おかめ列車』は、うっかり手に取ってしまったちびっ子たちに、かなりのインパクトを残す絵本であるのは、まちがいない。
(とみさわ昭仁)