「文庫には解説がついていることが多いけど、あれってどうやって書いてるの。教えて!」
はーい。

というわけで呼び出されてきました、杉江松恋です。文庫解説たくさん書いてます。
解説者がみんな同じ書き方をしているわけじゃないでしょうけど、私の例でよければお話しますよ。商売のお内証を明かすようだけど、ま、いいよね。

0)依頼を受ける
当たり前だけど、ここから始まります。編集者からメールか電話がかかってきて依頼されます。
逆に自分から編集者に「××さんの解説を書きたいからオレ予約ね!」なんて言っても聞いてもらえることはまれです。
たまたま今週、幻冬舎文庫から私が解説を書いた本が2冊出ます。1冊の吉来駿作『赤い糸』は、新人賞を獲ってデビューしたときに対談で採り上げたのを編集者が覚えてくれていたようです。もう1冊の永嶋恵美『明日の話はしない』は、単行本が出たとき帯に推薦文を書きました。そのご縁で依頼があったみたいです。ちょうどいいので、この2冊を例に引いていきましょう。


1)本を読む
これも当たり前ですが、読みます。既読だろうが書評をやっていようがなんだろうが、とにかく一回以上は読みます。読み方も人によって違うと思いますが、私の場合はポストイットを貼って必要な箇所をチェックします。
 通常の読書の場合ポストイットを貼るのは、
・あとで伏線になりそうな思わせぶりな文章。
・作者の癖がよく出ていたり、自分の琴線に触れる特徴的な文章。
・新しい登場人物が出てくるところ(特に翻訳小説の場合。
そいつが何者かを忘れてしまうことが多いので)。
・難解で、繰り返し読む必要があると思った箇所。
・明らかな誤植。
 ぐらいなのですが、解説の場合はこれに、
・「ここは引用に使うと読者の気を引けそうだな」と思う文章。
・生年や住所、職業など、登場人物のプロフィールが書かれた箇所。
 もチェックするようにします。


2)周辺書も読む。
当該書を読むだけでは下調べは終わりません。その作家が過去に出した本も可能な限りすべて読みます。私が最初にやることは、国立国会図書館のサイトで検索をすることです。作家名で検索をすると刊行物の一覧が出ます。これを刊行年順にソートして並べたものをコピーして保存し、作品リストの元を作ります。

このとき注意しなければいけないのは、文庫化作品なども国会図書館の検索では出てくることです。これを省いて、重複のないリストを作る。吉来氏の場合現時点で著書は3冊なのでリストを作るのは簡単ですが、第一作の『キタイ』が文庫化時に『ラスト・セマタリー』と改題されているので新作と間違えないように要注意。『赤い糸』の原題も『レッド・デッド・ライン』で変わりました。文庫化された本がある場合は、別途控えておきます。後で出てくる理由で、参照する必要があるからです。

リストができたら、それを参考にしてひたすら読むべし、読むべし、読むべし。本は買ったり借りたりして集めてきます。この作業を編集者に頼む人もいるかもしれませんが、私は可能な限り自分でやります。
もちろんその作家の本だけではなく、周辺書には巻末リストで上げられている参考図書も含まれることがありますし、その作家と影響関係がありそうな別の作家の本も読みます。書評対象ではないですが吉来さんの第一作『ラスト・セマタリー』はスティーヴン・キング『ペット・セメタリー』の影響が明らかでしたので、一応目を通しました。
今回の2作は楽だったのですが、たとえば短篇集などでシリーズものの1作だけが単行本化されていなかったり、されていても絶版で手に入れにくかったり、というような事情がある場合はちょっと厄介なことになります。でも若いうちの苦労は買ってでもしろっていいますからね。若くないけどな!

3)プランを立てる
本を読んでいるうちにだいたいのプランが立ってきます。『明日の話はしない』の場合、連作短篇集の形をとっていて3つの話と1つのそれより短い話の4話で構成されている、どの話も書き出しは「明日の話はしないと、わたしたちは決めていた」で統一されている、という特徴がありました。
おもしろいのは、長めの3つの話は最初の話が小児病棟、次がホームレスの住居というように一見つながりのない場所が舞台となっていることで、しかも相互の話の間には相当の時間経過がある。おそらくは各話の見えない連関にミステリー的な興趣があるのだろうと見当たりをつけました。
その関心を持って同じ作者の他の作品にもう一度目を通し、『明日の話はしない』で自分が気になった要素がないかを探してみたのです。
あった。
はい、ここでプランBは決定。なんでプランBなのかというと、最初に持っていたプランAは捨てちゃったからですね。文庫化された永嶋恵美作品をぱらぱら眺めてみたら、某作品の解説で同業者の藤田香織が私の思いついたキーワードをすでに使っていました。
ぐぬぬぬ……。放棄!
こういうことがあるから、文庫にも目を通す必要があるわけです。他の評者と同じことしか思いつけないうちはまだまだ独自の読みが足りないということでもありますね。
プランを立てる上で自分に戒めているのは、解説は第一に読みの一例を示すものであって、手前勝手な持論を吹く場所ではないということです。同時に、読者にとって何か発見がなければ読書の手引きとしての役割を果たせないことになる。スタンダードを提供することとオリジナルであること、その二つの間でバランスをとるのが私にとってのいい解説の書き方ということになります。

4)設計図を作る
ここで言う設計図とは、だいたいの文字数配分です。
たとえば原稿用紙10枚という依頼があった場合、4000字ですから、エディターソフトの設定を1行40字に設定します。それで100行として、各パーツに振り分けるわけですね。
「この内容だとあらすじに20行、主人公の紹介に10行は要るかな。作者のプロフィールは……5行もあればいけるか。それで過去の作品を順番にしていって」という具合に振り分けをして、まず「あらすじ20行」とかパーツごとの箇条書きをしてしまうわけです。各パーツを肉付けしていって、全部が終わったら段落のつながりをいじって整形してできあがり。
……だったら苦労は要らないわけですが、まあそんな規則的な書き方ができるぐらいならライターなんて仕事には就いていないでしょうよ。だいたい今みたら『明日の話はしない』も『赤い糸』も編集者から言われた上限の字数をおおいに超過していたし。
 だから上記は本当に大体の「当たり」をつけるためのものということです。
 ちなみに私は文庫解説を書くとき、
・あらすじ(読者の楽しみを奪わないよう、原則全体の1/3以上は紹介しない)。
・書誌情報(文庫の親本はいつ出たか。雑誌連載はいつか、など)。
・作品を個別に読んだときの分析。
・作品を群(シリーズ、その作家の他の著作)の一部と比較して読んだときの分析。
・作者本人についての情報。
・自分の感想。
・冗談。
の順番で重視して書いています。
書誌情報で雑誌掲載のデータまで入れるのは、文庫というのが私にとっては「それまで出た版のいいところを詰めこんだ決定版」であってもらいたいと思っているからです。単行本にはあったけど文庫にはない情報があるなんて商品として失格だと思いますし、これは解説とは関係ないけど単行本版にあった「作者あとがき」を削って「文庫版あとがき」に差し替えている本を手にすると「両方載せろよ!」と腹が立ちます。その気持ちがあるのでデータを重視するのですね。作者情報の優先順位が落ちるのは、別の箇所にプロフィールとして掲載されることが多いからです。

5)書く
ここでも気をつけていることがいくつかあります。
・パーツごとの重みは絶対のものではなくて、途中で変更することもある。
前に書いたようにパーツごとに「○行」とか書いて並べてあるわけですが、そのどれかが膨らんできて文章の中心になってしまうこともある。そこで元の形は崩れてしまうけど、読んでみてそのほうがいいようならこだわらずに配分を変更するわけです。他のパーツをそのパーツに従属させるような形に変形させて、主部に「くっつける」ようにする。極端な場合は削ってしまうこともあります。
『明日の話はしない』の場合、永嶋恵美は近作の『泥棒猫ヒナコの事件簿 あなたの恋人、強奪します。』が好評だったので解説の文章に盛り込む予定だったのだけど、他の部分が膨らみすぎてつながりが悪くなってしまった。諦めて落としました。その結果最新作に関する話題がなくなったけど、しかたない。なんでもかんでも入れればいいというものではないからです。
・作品の瑕も必要ならばちゃんと書く。
文庫は本という商品の一部なので、もちろんその中で作者をけなすようなことは控えるべきでしょう(やりたかったら自分の著書でやればいい)。でも、作家のことを紹介するにあたってはあえて欠点を書くべきときもある。
もちろん作品にはよいところがたくさんあるのだから、それを損なわないように配慮して書く。そうすることで逆に他の美点が引き立つと私は考えています。完璧な人間なんていないんだから、多少の瑕だってあって当然だよ。
・アイキャッチとちょっと可愛いところをつける。
アイキャッチというのは、ページの中で目に付きやすいところです。たとえば書き出し。解説の場合、私はなるべく1行で言い切る文章を最初に持ってくるようにしています。立ち読みして解説をまず見るお客さんがいるでしょ。そういう人対策です。結論めいたものを最初に見えるようにして、それからもっと深く考えさせるようなことを書く。
ちょっと可愛いところというのは、文章の骨法からするとはみ出していたり、舌っ足らずに見えたりする部分です。そういうのはドラム奏法でいうフィルインみたいなもので、あると楽しい(なくてもいいけど)。やり方については残念ながらここでは詳しく説明する余裕がありません。またの機会に。

というわけで。はい、できあがりました。あとは編集者に送って読んでもらうだけです。もしかすると直しの指示がくるかもしれない。特に作品の瑕を指摘した箇所など「お手柔らかに」などと言われることもあります。そうなった場合は議論です。とことん議論をして、そういう形なら直してもいいかな、と思ったら直す。それが正しい態度です。
文庫解説作法「杉江松恋バージョン」は以上。解説のできばえがどうだったかは、実際に本を読んでたしかめてくださいな。
また文庫解説のことで何かあったらいつでも聞いてね。
(杉江松恋)