「つまり 次のルールが適用される」by土井垣 将

13日の甲子園・済々黌高校 対 鳴門高校で生まれた「ルールブックの盲点の1点」。ネットニュースやスポーツ新聞等で散々取り上げられていますのでご存知の方も多いと思います。

7回、1死一、三塁の場面。バッター西選手の打球がショートに好捕され、 一塁に転送されて走者が戻れずアウト。ところが併殺でチェンジとなる前に、帰塁せずにスタートを切っていた三塁走者の中村謙選手が本塁を踏み、この得点が認められた。というプレーです。
スポーツ新聞各紙を読み比べましたが、サンケイスポーツに掲載されていた以下のコメントが最も味わい深かかったのでご紹介します。

「小学校のとき、ドカベンを読んでルールは知っていました。
(得点が)認められるまでドキドキしましたけど」中村謙は笑顔で、さらに続けた。「自分たちはあまり打てないので。そういうものでも点を取りたくて練習していた」。高校野球の古典漫画の名場面を全員で頭と体に刷り込んできた。


そう、このプレーが話題なのは「珍しいプレーだから」という以上に、『ドカベン』で同様のプレーが描かれ、そこで広く認知されたルールである、という点に尽きるでしょう。「ドカベン・ルール」とも呼ばれるこのプレーが描かれたのは1978年、山田たち明訓高校と、同じ神奈川県のライバル・不知火擁する白新高校との試合です。
詳しくはコミックス35巻文庫版なら23巻)でご確認いただきたいのですが、その際、このプレーを解説してくれる明訓高校・土井垣監督から発せられたのが冒頭の言葉。今後、色んなところで登場する予感がしますので、是非とも憶えておきましょう!

ちなみにこのプレー、『ドカベン』までさかのぼらなくても、現在「スピリッツ」で連載中の高校野球漫画『ラストイニング』27巻でも同様のプレーが描かれ、“ドカベン再び”と話題になったばかり。でもやっぱり、みんな思い出すのは『ドカベン』なんだ、というのが面白いですよね。
『ドカベン』に限らず水島漫画は、御大・水島新司先生の豊か過ぎる想像力が生み出すドリームワールド、と思われがちですが、実は、不確実で複雑な野球というスポーツをとことんまで知り尽くしているからこそ描くことができる、まさに野球の教科書なのです。かの清原和博も水島先生との対談において「僕はドカベンから四番打者の心得を学んだ」と語ったのは有名なエピソード。だからこそ、『ドカベン』で描かれた特殊なプレーや設定が現実世界でその後繰り返されるという「水島予言」が生まれるのです。

そこで今回は「ルールブックの盲点の1点」以外にも色々ある「水島予言」の例をいつくか振り返りたいと思います。

◆伝説の「松井秀喜5打席連続敬遠」は、山田が既にやっていた!
甲子園の季節が巡るたびに思い起こされる伝説のプレー、星稜高校・松井秀喜の5打席連続敬遠。
1992年のあの日、甲子園だけでなく日本中が騒然とし、その後も現在に至るまで「スポーツマンシップとは何か」「野球における敬遠の意味とは?」など、様々な角度から語り継がれることになったのは皆さんご存知の通りです。
ところが、この試合からさかのぼること約15年前に、明訓・山田太郎も5打席連続敬遠をされているのです(※28巻)。舞台はセンバツ甲子園準々決勝、対江川学院戦。この前の試合でノーヒット・ノーランを達成し、一躍人気と話題を集めていた江川学院のピッチャー・中(あたる)投手と山田の対決に注目が集まっていたものの、結果は5連続敬遠。
しかも、第4打席では、1点リードでの満塁の場面にも関わらず押し出しの敬遠、という徹底ぶりでした。
のちに松井自身が『ドカベン文庫版』の解説でこの5打席連続敬遠に触れるなど、伝説が伝説を生んだエピソードとして野球ファンなら憶えておきたいところ。何よりも、この特殊な記録を生んだのは山田太郎と松井秀喜のみであり、この2人のバッターの偉大さが逆に際立つというものです。

◆グローブを打球に投げつけたら…記録上はどうなる??
今回の「ルールブックの盲点の1点」のように、普段なかなかお目にかかれないプレーであるが故に認知されていない、特殊なルールを扱った例としてもうひとつ挙げておきましょう。それが「安全進塁権」というもの。夏の甲子園、明訓高校 対 ブルートレイン学園の試合において、安全進塁権とそのルールの盲点が描かれています(38巻)。

ブルートレイン学園の打者・桜が左中間への大飛球を放ちますが、センター山岡はグラブを投げつけてその打球を止めてしまいます。さて、この場合、一体どうなるのか? そもそも、ボールにグローブを投げつけることがあり得ないのでご存知ないかもしれませんが、守備側の反則行為として、走者に対し「3つの安全進塁権」が与えられます。レフト微笑三太郎もこのルールを知っていたようで、エンタイトル三塁打になる、と判断して山岡に内野への返球を止めさせます。すでに三塁を回って本塁に到達しかけていた打者走者の桜は、悔し紛れにホームベースを2度踏みつけ、三塁に戻ろうとしますが、球審は桜の生還を認めます。つまり、グラブを投げつけて打球を止めた場合、「三塁打でボールデッド」になるのではなく、3つの安全進塁権が与えられ、かつボールインプレイであるため、実際に本塁を踏んだ桜の得点が認められたのです。

いやぁ、難しいですね。
この「打球にグローブを投げつける」というプレーは同じく水島漫画の『一球さん』2巻でも描かれているのですが、その際は「野球のルールを何も知らない」という主人公・真田一球の設定を説明する部分もあって生まれた特殊なプレー。『ドカベン』の例でも、センター山岡はしょっちゅう不思議なプレーをするおかしな子でしたのでまあいいのですが、そもそも一体何を想定してこのルールが生まれ、そして水島先生はどこでこのルールを学んだのでしょうか??……と思って調べてみたら、つい最近、プロ野球でこのプレーが実際に起きているのです。
2008年5月4日、千葉ロッテ対西武ライオンズ戦において、西武の打者・栗山が打ったライト線への打球に、ロッテのホセ・オーティズ二塁手がグラブを投げつけたのです。打ったランナー栗山は一塁にとどまっていましたが、審判団が公認野球規則に基づき、栗山に三塁までの安全進塁権を与えました。
審判団が、「『ドカベン』読んでてよかったぁ」と思ったかどうかは定かではありません。

◆ビデオ判定導入の先鞭は水島先生から!?
ロンドン五輪でも物議を醸した審判のミスジャッジとビデオ判定。特に野球においてはルールが複雑で不確定要素が多い故に、数多くの不可解な判定が生まれやすい環境にあります。その際、ビデオ判定すべきかどうか、というのは野球界における長年の議題であり、日本のプロ野球で導入されたのも2010年からとつい最近のことです。
ところがです。さすがは水島先生、ビデオ判定の議論が世間を賑わす以前に、既にビデオ判定を描いているのです。その試合こそ、上記の「ルールブックの盲点の1点」が生まれた対白新高校戦。不知火が放ったレフト線への打球に対し、レフトを守る微笑三太郎は果敢にスライディングキャッチを試みます。あまりに地面スレスレ過ぎて、ダイレクトキャッチかどうか際どいプレー。しかし、一番近くで見ているべきはずのレフト線審が日射病で倒れ、ジャッジできる人がいない、という状況が生まれるのです。
他の審判からも見えない角度であったため、困った審判団は地区予選を放映していたテレビ局に依頼し、ビデオ判定を試みます。結果的には映像の肝心な場面で岩鬼が被っていて見えない、というオチがつくのですが、時代の先を見越して積極的に新しい可能性を探る水島先生の先見の明に驚かされます。

◆札幌ドーム球場も、ドラフト逆指名も、水島先生のアイデア?
『ドカベン』以外の水島漫画においても、数々の予言が生まれ、的中しています。中でもすごいのが、1981~83年に週刊少年マガジンで描かれていた『光の小次郎』。なにがすごいって、30年前の作品にも関わらず、札幌にはドーム球場が存在するんです。札幌ドームの建設が決定したのが実際には1996年。東京ドームが着工したのですら1985年ですので、その遥か以前に、当たり前のようにドーム球場を登場させていたのです。
また、この作品の中のドラフト会議では、高校生も「逆指名制度」を用いることができるようになっています。ドラフト制度における逆指名の開始は1993年から。もちろん、ドーム球場も含めそれぞれアイデアとしては以前からあったこととは思いますが、それをサラリと、当然のことのように描ける決断力がサスガです。

◆ナベQのノーヒット・ノーランを予言した、というか導いたのも水島先生
最後に、ちょっと毛色の違う予言を。
かつてTBSで放映されていた「ウンナンの桜吹雪は知っている」というバラエティをご存知でしょうか。ウッチャンナンチャンが代理人に扮し、芸能人が納得いかないこと、企業に対する訴えを取り上げるテレビ模擬裁判で、この番組に原告として登場し、ドカベンと水島新司先生を訴えたのが、当時西武ライオンズで現役投手だったナベQこと渡辺久信(現・西武ライオンズ監督)でした。
訴訟の内容は、自分が『ドカベン プロ野球編』の中で岩鬼にホームランを打たれた場面に関して、「俺は岩鬼にホームランを打たれるはずがない」と主張し、名誉棄損の損害賠償として「『ドカベン プロ野球編』の作品の中で、自分に新魔球を投げさせること、完全試合達成の場面を描くこと」を請求するというもの。果たして訴訟は原告・渡辺久信の勝訴となり、上記の要求も実現。水島先生は実際に『ドカベン』の中で完全試合を描くことになる(※プロ野球編8巻)のですが、その数日後、現実世界においてナベQがオリックスを相手にノーヒット・ノーランを本当に達成してしまう、という事件が起こります。
ナベQファンには怒られるかもしれませんが、全盛期はとうに過ぎていた渡辺久信のこの快投に、奇跡という言葉と、水島先生の神通力の恐ろしさを学んだ一件でした。

いかがでしょうか。ここに挙げたのはホンの一例。まだまだ予言の類いは数多く描かれています。こりゃぁ、ドカベン全巻読破が高校球児の練習内容に取り込まれる日も近いですね。という訳で、今後も同じようなトリックプレーが生まれた時には、まず、次のセリフを発してみることから始めましょう。
「つまり 次のルールが適用される」
(オグマナオト)