粟岳高弘の『たぶん惑星』が発売されました。
これは知っている人にとっては事件。
パソ通黎明期からイラストを描いている作者の、初の本格的長期連載だからです。
え、そんなのはたくさんあるだろうって? そうかもしれません。
でも、粟岳高弘がやり続けていることは、少し変わっているのです。
このマンガと作者について、ご紹介します。

●ネットCGクリエイターのパイオニア
インターネットがまだ普及していない頃に話は戻ります。
まだパソコンすら普及していなかった、電話回線のモデムでパソコン通信をやっていた時代。

ぼくは「コンピューターグラフィック」に興味を持って、16色MAG画像や、64k色jpgやらをFM-TOWNSで、深夜のテレホタイムに落として楽しんでいました。
そんなある日、ぼくのネット人生及び性癖に、ガツンと大きな影響を与えるイラストに出会ってしまった。その作家こそが粟岳高弘
たばなくる(Takahiro Awatake's WebPage)
正確に何年から見たか覚えていませんが、エヴァ前にはもうイラストを集めていた気がします。フロッピーに。

一発で「あわたけ絵だ」とわかる強烈な個性がありました。

まず、変な建物、廃墟、立方体。または田舎のちょっと奇妙な自然。
次に女の子。ちょっぴりしもぶくれなのがとてつもなくキュート。
出てくる少女達はほとんど同じ格好でした。
ワンピース、セーラー服、スクール水着、腰ミノ、ふんどし、ボディペイント、全裸。

彼女たちは、半裸でおかしな世界をウロウロ歩き回ります。変な生き物も沢山出てきます。

これはなんだ、SFか?
吾妻ひでお的な「SFネタ+美少女」の文法を正統的に引き継ぎながら、うまくアレンジ。やっぱりかなり変な世界です。
健康美あふれる少女たちによる、いわゆる「露出物」なんですが、見ていると時間が止まるような、奇妙な感覚に襲われます。
そりゃそうだ、作者の中で時間を80年代昭和で止めて、描いているのだもの。

この時期、CD-ROMも普及し、パソコン通信に流れているCG集本みたいのが発売されはじめたのですが、そこにも大体載るほど、有名人でした。
80年代リスペクトのSF観と、90年代テイストの美少女作画。見事しっくり組み合わさって、唯一無二の世界をこつこつと作り続けました。

その後、インターネットも盛んになり、CGを描くのも簡単になりました。多くのCG作家が登場します。
1998年、粟岳高弘もプロデビューします。
それが『プロキシマ1.3』(+18)と『鈴木式電磁的国土拡張機』にまとめられています。
しかし、メイン創作活動場所は、商業ではなく同人誌でした。
オリジナル創作即売会の「コミティア」にはほぼ参加。『取水塔』シリーズをはじめとした作品を、今も精力的に輩出し続けています。
そんな彼が、20年以上に渡って描き続けてきた、揺るぎない「あわたけワールド」の決定版が『たぶん惑星』なのです。

●似非SF(スクール水着・ふしぎ)の世界
やはり良い意味で変わらないってのは、すごい。

芯が全くブレてない。セーラー服、スクール水着、腰ミノ少女と、変な田舎世界。昔からずっとこれです。
一般向け作品は、少女が変な生き物と接触したり、奇妙な場所に行ったりして、SF的な世界をかいま見る、腰ミノで、という作風。
スクール水着や全裸描写が多いのは、作中の世界で水が多く描かれるから、です。たぶん。
「腰ミノ」と「ふんどし」に対しては、並々ならぬ執着を持っています。この二つを入れるために、物語が作られている。年を経るごとに、どんどんそのトリックが絶妙で、読者も「当然でますよね」くらいの安定感になりました。
多分日本一の「腰ミノマンガ」職人です。

舞台はほとんどの作品が80年代。今回の『たぶん惑星』は昭和64年が舞台という、ワクワクする設定です。1989年。すぐ平成に変わってしまった、名前が存在するけど数日しか実在しない年です。
出てくるガジェットも、パソコンではなくマイコン。あと欠かせないのがラジカセあるいはラテカセ。見たことある人いるかしら。
作者自身同人誌のあとがきなどで、80年代への意識を明記しています。なぜ80年代か、それは読めば分かる。あの時期の少女じゃないとだめなんだ。

舞台はざっくりいえば『となりのトトロ』的な田舎。都会の匂いのしない土地です。用水路があったり砂利道だったり。
田舎を舞台にすることに一つ利点があります。それは、何か変なものがあっても、中高生の冒険レベルの視野に収まってしまうこと。
起きていることはよく読むと、スケールアホみたいにでっかい。未知の生命だったり、空間の歪みだったり。
でもそれを大スペクタクルにせず、「近所にこんなのがあってさー」で終わらせるのが、粟岳作品のユニークな、中毒性高いところです。

実際にSF考証をすると、延々とできると思います。あるいはすぐに詰むかもしれません。すごい複雑なようで、とても単純でもあります。
まずは考えるのをやめよう。藤子・F・不二雄がSFを「すこしふしぎ」にしたように、粟岳高弘はSFを「スクール水着・ふしぎ」で「セーラー服・ふしぎ」で「すこし・ふんどし」にしたんですから。
(一巻の次がふんどし少女だよ! 要チェックだよ!)
制服少女+SF=楽しい。

●隣にあるふしぎ
粟岳高弘が作った、この独自の価値観とフェチズムは、『たぶん惑星』に集約されています。
舞台は昭和64年の静岡(ここもポイント。テレビでアニメが映らないのね)の田舎……とトンネルでつながっている別の星です。ただしつながってるから行政区分は静岡県。だから「たぶん」惑星。
おとなしい少女の松伏陽子が、褐色に焼けた元気のいい女の子榛葉由巳に連れられて、昭和20年代の初期入植地跡、詳しくはどこかわからない奥地に行くところから物語ははじまります。
他惑星なので変な生き物や物体、科学現象も起きるのですが、いかんせん空間すっ飛ばして静岡県と地続きなので、読んでいて境界線がわからなくなります。

彼女の住まいの近くには「小笠トンネル」というのがあるのですが、それについての柱の解説が実にいい。
「明治35年に着工された東海道本線牧之原第弐隧道の金谷側560mにて発生した原因不明の吸気現象に端を発する、いわゆる恒星間ゲートの国内最初の確認例である」
まだまだ長ーく続くのですが、この一文だけで楽しい。
SFなのかどうなのか、いやもうどうでもいいや、なんかそれっぽいな、という設定がどんどん出てきます。
なんだこの生き物は、なんだこの建物は、なんだこの腰ミノは。
そんな星間規模のでかい話なのに、陽子と由巳の日帰り冒険で終わっています。
腰ミノ少女にかかっちゃあねえ。星のつながりとか二の次ですよ。いいよね腰ミノ。

設定は非常に細かいです。彼女の住んでいる静岡から続く惑星や、その奥地の様子、昭和64年当時の生活習慣が詳細に描かれます。SF的解説は欄外に溢れだしまくっています。
この細かい設定の下地と、かわいい女の子の組み合わせ技こそ、粟岳高弘が20年間ずっと描いてきたものです。
漆塗り職人のように、このポイントにこだわり続け、磨いて磨いて磨きまくってどんどんハイクオリティな、ピカピカなものにし続けた作家なのです。
現時点での「あわたけワールド」集大成がこの『たぶん惑星』ですが、おそらく作者は今後も、同人・商業で決してブレることなく、さらに高いレベルの腰ミノ……じゃなかった、作品を描き続けてくれるのだろうな、と考えると、なんだかワクワクします。

残念ながら商業の過去作品は再版されていませんが、『斥力構体』などKindle版で安く読むことができますので、気になる方はこちらも是非。
ぬめぬめしたいきもの、自然の中の立方体、腰ミノ、引力と斥力、空間の圧縮、16進法、腰ミノ、アンテナ、ラジオ、裸足、スクール水着、セーラー服、ふんどし、全裸、腰ミノ。
全部しれっと「SF」ですませてしまう、あっけらかんとした職人技。
80年代から90年代、テレビでお色気番組と科学番組とオカルト番組がごっちゃになって放映されていたのを、子供の時に全部一緒くたにして見た、あの感覚に極めて近いです。
その時代生まれていませんという人には、新鮮だと思います。すごく気持ちいいですよ。

(たまごまご)