与夢くん、新千絵ちゃん、夢大くん、空海ちゃん、雄くん。
『子供の名前が危ない』(牧野恭仁雄/ベスト新書)の帯に出てくる珍名・奇名だ。

読めるだろうか?
(読み方は後半で!)

ドキュンネームと呼ばれたり、キラキラネームと呼ばれたりする奇抜な名前。
「キラキラネームやめて 「患者取り違えの危険増す」 小児救急医師がツイッターで提言」という記事が出て、その弊害も話題になった。

『子供の名前が危ない』は、命名研究家の著者が、名づけの歴史や、命名の相談を受けたときのエピソードをもとに、なぜ珍奇ネームが増えたのかを考察した本だ。
「めずらしい名前など、めずらしくない」と題された第一章では、珍奇ネームを17に分類する。
いくつか紹介しよう。すごいよ。


1:まちがった読み方の名
心愛(ここあ)
雪精(りた)
2:読み方はまちがいではないが、あまりに珍奇な名
燃史(もやし)
歩論(ぽろん)
3:外国の言葉を無理やり漢字にする名
大賀須(たいがーす)
卓留(たっくる)
4:意味と読みを混同し、まちがった読み方にする名
天使(えんじぇる)
業(かるま)
5:あだ名のように思われやすい名
梨澄(りす)
麻里鈴(まりりん)
13:普通の名前なのに読み方を変えて珍名になった名
立樹(りっきー)
恵(めぐ)

ひどく珍妙な名だけではなく、読めなかったり、男女が誤解されたりして、こどもが困りそうな名前もしっかり紹介されている。

『子供の名前が危ない』の著者・牧野恭仁雄は、“名前は世相そのものをあらわすのではなく、日本人の欠乏感をあらわしている”と解く。

勝利、勇、武、勲、進といった戦いに関する字を入れた名前が、男子の名前ベストテンに入っていた時期は、いつか?
“戦争に関する名前というのは、1937年の日中開戦以降の盛りあがりのときよりも、太平洋戦争が終わる1945年に近づくほど、上位のほうに色濃くあらわれて”くるのだ。
“しだいに勝利の見通しが立たなくなり、自信を失ってくるほど勝利にまつわる名前が増える”のだ。

終戦後の食糧難の時期には、茂、実、豊といった名が増える。
では、バブル期、つまり日本が豊かになったころは、どうだったか。

女の子の名は、“「愛」「愛美」という名前が非常に多くつけられ、ベストテンの常連になっていました。”

平成に入ってからは、動物、植物、季節、海、空、天体などの“自然界の何かをあらわす字が使われた名前で、ベストテンがほとんど埋めつくされている”。

欠乏感が名付けのキーとなっているのだとしたら、どうして珍名が増えたのだろうか?
牧野恭仁雄は次のように説明する。

“それはいまの世に、「自分がやりたいように生きられない」という無力感をかかえた人が多く、日本全体が、逃げ場のない巨大な「先回り社会」になっているからです。先回り社会とは、言いかえれば「何もかも用意された社会」ともいえます。”
“珍奇ネームにこだわる人の心のなかには、「自分はこうでありたかった」「自分にはこれがない」という無力感が働いています。
その結果、ことさら名づけの基本を無視して脱線し、「世の中の常識なんかに左右されない」「自分の個性を発揮して名づけをしている」という逸脱した形をとることになるのです。”

正直なところ、これが珍奇ネームが増えた大きな理由なのかどうかは、ぼくには分からない。育児雑誌の名付けベストテンに、いつも「こんな変わった名前もありました」と珍奇ネームが紹介されていることが原因じゃないかという説も聞いたことがあり、その影響も大きいのではないかと想像する。

だが、先回りされ閉塞感に包まれている象徴として、珍奇ネームがあり、それが読みにくく社会性を欠くことで行き詰まったりすることになっているとすれば、とても皮肉な話だ。
著者自身も、恭仁雄という名で、“珍奇ネーム研究に取り組んでいる私自身が珍奇ネーム”だと告げた後、“洗いざらい申し上げます”と前置きして語られるエピソードには胸をつかれる(読んでみてください)。

『子供の名前が危ない』は、「名前は子供の人生を決めるのか」「正しい名づけの方法」「姓名判断に根拠はあるか」「名前にまつわる数奇な運命」「珍奇ネームをつける親たちの共通点」「なぜ芸能人の子の名前は奇抜なのか」「改名の方法」「森鴎外の子供たちの名前」など、名前についていろいろな角度から考察した本だ。


さて、最初に紹介した珍名の読み方。
与夢くん:あとむくん
新千絵ちゃん:にーちぇちゃん
夢大くん:さんたくん
空海ちゃん:そらみちゃん
雄くん:らいおんくん
読めた?
(米光一成)