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今夜NHKスペシャル。新宿西口バス放火事件「被害者」と「加害者」慟哭のその後

2014年2月28日 11時00分 ライター情報:HK(吉岡命・遠藤譲)

「NHKスペシャル『聞いてほしい 心の叫びを ~バス放火事件 被害者の34年~』」
2月28日午後10時にNHK・総合で初回放送される番組。1980年の「新宿西口バス放火事件」で奇跡的に命を取り留めたノンフィクション作家、杉原美津子さんの心の軌跡を見る。写真は杉原さんが文芸春秋から出版した手記『生きてみたい、もう一度』の表紙。杉原さんの兄である石井義治さんが撮影した。報道写真家だった石井さんは事件現場に偶然通りがかり、なかに妹がいることを知らずにシャッターをきり、読売新聞の一面を飾る。一度は写真を撮ることをやめた石井さんだが、後にクレジットをイシイヨシハルに変え、路傍の花などを被写体にするようになった。

[拡大写真]

1980年8月19日、午後9時過ぎ。
東京都新宿駅西口。停車中のバスに、火のついた新聞紙とガソリンが投げ込まれた。バスは一瞬にして猛火に包まれ、約30人の乗客のうち6名が死亡。重軽傷者は14名に及んだ。

火を放った男は住所不定の元建設作業員、丸山博文(当時38歳)。通行人によってその場で取り押さえられ、駆けつけた警官により現行犯逮捕された。

今日2月28日午後10時初回放送のNHKスペシャル「聞いてほしい 心の叫びを ~バス放火事件 被害者の34年~」は、この事件で全身80%の火傷をおい、生命の危機にさらされた女性、杉原美津子さんを中心に取材した番組である。

事件当時36歳だった杉原(旧姓、石井)さんは、約1年間の入院、10回以上の手術を経て、1983年に『生きてみたい、もう一度』という本を出版している。
その手記は、事件の翌年、杉原さんが拘置中の丸山に宛てた手紙から始まる。抜粋しよう。

「私は一度だって、あなたのことをうらんだりにくんだりしてきませんでした。
あなたをさばく気持も全くありません」

「会いたいです。会ってくれますか」と綴る杉原さん。
手紙を出したその二日後、彼女は東京拘置所へ向かった。


【丸山博文の犯行動機について――検察側と弁護側の主張】

新宿西口バス放火事件は、犯人と犠牲者らとの間に接点のない、いわゆる無差別の犯行である。個人的怨恨が動機ではない。

朝日新聞1980年9月7日朝刊の記事では、調査本部の調べに対し「幸福そうな通行人をアッと驚かせてやろうと思ってやった」と自供したとある。
また、検察の冒頭陳述による犯行動機は、以下のようにまとめることができる。

日雇労働者だった丸山は「惨めな境遇」を思い、「世間に対してねたみや恨みの感情」を抱いた。また、通行人などから「浮浪者扱い」され、侮辱された気持ちになり「うっ憤を晴らそう」と考えた。
つまり丸山は、高度経済成長の安定期にあった社会一般への逆恨み感情から犯行に及んだという主張になる。

第一審で検察側は死刑を求刑。これに対し、弁護側は無罪を主張。
弁護人は後に、オウム真理教事件、和歌山毒物カレー事件、光市母子殺害事件などで弁護をつとめる安田好弘である。当時弁護士一年目だった彼から見た丸山の姿は、著書『死刑弁護人』(文庫版2008年)に詳しく記述されている。なお本書で安田は、丸山の名称を「M」と置き換えている。

報道を見た安田は「もしかして、犯人ではないかもしれない」と思い、自ら丸山を訪ねて弁護をかってでた。だが弱々しく口にするのは「申し訳ないことをした」「死んでお詫びしたい」という反省や後悔ばかりであった。

ライター情報

HK(吉岡命・遠藤譲)

男子2人組の編集者&ライターユニット。ノンフィクション書評、労働・貧困問題、ネット右翼、炎上検証、突撃ルポなど。お仕事のご依頼はツイッターまで。

URL:Twitter:@HKeditorialroom

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