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生きてる意味を無理に知ろうとしなくても大丈夫『須賀敦子』の眺めている場所

2016年6月3日 09時50分 ライター情報:千野帽子
池澤夏樹=個人編集《日本文学全集》(河出書房新社)第17回(第2期第5回)配本は、第25巻『須賀敦子』
池澤夏樹=個人編集《日本文学全集》25『須賀敦子』(河出書房新社)。年譜=松山巖、月報=長野まゆみ 福岡伸一、帯装画=村橋貴博。2,800円 税。

西洋文化の根を知る人


須賀敦子は1929年に芦屋で生まれ、西宮と東京で育った。大戦間のモダン文化をリアルタイムで知る最後のほうの世代だ。
カトリックの信仰もあってパリで学び、結婚生活を送ったミラノでは、漱石・鴎外・一葉、また谷崎潤一郎中島敦など、近代日本の小説をイタリア語に訳し、紹介した。

帰国後はイタリア詩を研究し、50歳ごろから随筆や現代イタリア小説の日本語訳で活躍する。

僕が知らなかっただけで、読書家は早くからちゃんとその存在を把握していたのだろうけれど、僕個人の印象では、須賀敦子は、『ミラノ 霧の風景』とアントニオ・タブッキ『インド夜想曲』の刊行を機に、60歳をすぎて随筆と翻訳の両面で急に脚光を浴びた人、という印象が強い。

そして、そのわずか7年後にこの世界からいなくなってしまった人、という印象だ。

細部までピントのあった文章


この巻に収録された『コルシア書店の仲間たち』をはじめ、「ガッティの背中」「インセン」「雨のなかを走る男たち」には、パリやミラノでの生活で関わった人びとのことが書いてある。
これをいわゆる回想記として読むならば、須賀敦子という人の記憶の鮮明さにびっくりする。

記述はまるで小説のように、細部にまでピントがあっている。そして引き締まった文章は明晰で読みやすい。
けれど、読むのにおそろしく時間や気力が要る。
なぜか、読み落とさないようにと気を配りながら読んでしまう。須賀の文章は読者を、少なくとも僕を、そういうふうにさせる。

短篇小説的な随筆?


須賀敦子の回想的な随筆は、実体験を書いていて、それでいてすみずみまでが鮮明な仕上がりで造形されているのが物語性を感じる。ほとんど短篇小説ではないか。
幼時からの家族の話題について書かれた文章が、またすごい。この巻では「オリエント・エクスプレス」がそれだ。
今回の全集には収録されていないが、同じ『ヴェネツィアの宿』に収録された「白い方丈」も、京都とミラノを舞台とする随筆で、もうこれはキレッキレの短篇小説と言っていい。

『ヴェネツィアの宿』では、戦中戦後ではあるが文化度の高い環境に育った少女期や、暗い留学時代の回想をつうじて、父の姿がおりにふれて召喚される。父は稼ぎもいいし文化度も高いが、ワンマンで身勝手なところもあり、女癖だってよくない。
「オリエント・エクスプレス」はその最終部分。

ライター情報

千野帽子

文筆家。著書『読まず嫌い。』(角川書店)『文藝ガーリッシュ』(河出書房新社)『俳句いきなり入門』(NHK出版新書)など。公開句会「東京マッハ」司会。

URL:Twitter:@chinoboshka

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