NHKの時代劇「ちかえもん」(木曜よる8時~)も第3回が先週放送され、劇中で主人公・近松門左衛門(松尾スズキ)が歌をうたう場面もすっかりお約束として定着しつつある。

見ている方にはご存知のとおり、ドラマの時代設定は元禄にもかかわらず、近松が歌うのはなぜか60~70年代の懐かしのフォークソング(の替え歌)ばかり。
先週の選曲はといえば、ガロの「学生街の喫茶店」(1972年)であった。そこでは、元歌の「(喫茶)店」は「小屋」に、「ボブ・ディラン」は「義太夫節」にそれぞれ変換され、往時の隆盛はどこへやら、いまは不入りの続く人形浄瑠璃の常打ち小屋「竹本座」の窮状が歌われていた。

なかなか討ち入らない赤穂浪士?


そんなふうに歌いながら近松は道頓堀の竹本座の前までたどり着く。いつものように竹本義太夫(北村有起哉)と顔突きあわせ、どこかにいいネタが落ちてないかと湿気た話をしていると、大ニュースが飛び込んできた。前年末に江戸の吉良邸に討ち入り、主君の浅野内匠頭の仇をとった大石内蔵助ら赤穂浪士が切腹したというのだ。打ち首ではなく切腹との幕府の沙汰により、浪士たちは武士の面目を保ったのである。ときに元禄16年(1703年)2月、近松の『曾根崎心中』が上演される3カ月前のことであった。


庶民から喝采を浴びる赤穂浪士をネタに浄瑠璃を書けば大ヒット間違いなしやないか! と意気込んだ近松、さっそく家に戻って筆をとるのだが、母・喜里(富司純子)やら万吉(青木崇高)やら邪魔が入り中断。この間、竹本座の金主(スポンサー)でもある平野屋の若旦那・徳兵衛(小池徹平)の親不孝ぶりを知った万吉、彼と一緒に「不孝糖」売りをすることを思い立つ。一方、徳兵衛と恋仲の天満屋のお初(早見あかり)は、徳兵衛の父で平野屋大旦那・忠右衛門(岸部一徳)を接待することに。
「ちかえもん」今夜第4話。赤穂浪士が討ち入らない!
「元禄繚乱」は1999年放送のNHK大河ドラマ(画像は総集編DVD)。主人公・大石内蔵助をいまは亡き中村勘三郎(当時は勘九郎)、仇役の吉良上野介をいま話題の石坂浩二が演じた。なお、「ちかえもん」劇中でも使われたテーマ曲は池辺晋一郎による

さて、あらためて赤穂浪士の物語にとりかかった近松。彼の頭のなかには、赤穂浪士の結集の場面がすでにありありと浮かんでいた。画面にはでっかく「赤穂義士」のタイトルと「さく 近松門左衛門/かたり 竹本義太夫」のクレジットが掲げられ、派手な音楽(よく聴けば、大河ドラマ「元禄繚乱」のテーマだ!)がかぶさる。
しかし、いぜ討ち入りという段になって、浪士たちは、やれわらじの鼻緒が切れただの、やれ家の灯りを消し忘れただのと言い出し、まるで煮え切らない。あげく、自分たちがいるのは本当に吉良邸前なのかと地図を見直しはじめる始末。はて、浪士たちはいつになったら本懐を遂げられるのやら――。

けっきょく肝心の場面が書けず、またしても筆が止まってしまった近松。その原因を義太夫から問われ、「(赤穂義士が)なかなか行こうとしまへんのや」と答えてあきれられる。

「若旦那も赤穂義士も、家や義理に縛られてのたうち回ってますのや…」


ここで史実を確認しておくと、近松が赤穂事件を下敷きに『碁盤太平記』を書いて竹本座で初演したのは宝永7年(1710年)と、討ち入りからじつに7~8年が経ってからだった。
しかしのちに『曾根崎心中』をはじめ、世間で起こった事件をほぼリアルタイムで次々と劇化していった近松と竹本座のこと、ドラマで描かれていたように、討ち入り後すぐに浄瑠璃にする話が持ち上がっていたとしてもおかしくはあるまい。というか、不入り続きの竹本座がこのネタに飛びつかないほうが不自然だろう。そう考えるにつけ、現実の近松が赤穂事件をとりあげるまでにブランクが生じたのは不可解にすら思える。

「ちかえもん」ではこの謎に、近松の躊躇という解釈を与えている。そもそもドラマの近松はなぜ、討ち入りを描くのに躊躇したのか? 彼はその理由に、忠右衛門が息子の徳兵衛を説教している場になりゆきで立ち会っているうち思いいたる。

徳兵衛はこのとき、万吉と不孝糖を売り歩きながら天満屋にやって来たところを、忠右衛門から叱責され、江戸への修業を申し渡されていた。
これに近松はつい口を挟み、「徳兵衛も赤穂浪士もみんなが言うほど華やかなものではない、家や義理に縛られてのたうち回っているのではないか」と、いましがた気づいたばかりの自説を展開する。これこそ近松の筆を鈍らせた原因でもあった。

この近松の言葉を聞いて徳兵衛も、家の重圧から放蕩に走ってしまったことをなお意地を張りながらも認める。忠右衛門はこの反省の弁を受けて、息子がいままでどおり大坂に留まることをしぶしぶ許すのだった。

……と、ここまでなら大団円なのだが、しかし『曾根崎心中』の徳兵衛とお初の結末を知っていれば、このとき忠右衛門の酌量がけっきょく仇となるとの見方もできよう。案の定、父が立ち去ったのち、お初と再び顔を合わせた徳兵衛、互いに名前を呼び合いながらやけぼっくいに火がつく。
さて、ふたりの運命やいかに、また近松は無事に赤穂浪士の物語を書き上げることができるのか(たぶん無理?)、そして第3回で平野屋に危なげな商談を持ちかけていた黒田屋九平次(山崎銀之丞)の正体は一体……? さまざまな予感をはらみながら物語は今夜放送の第4回に続く!
(近藤正高)