このドキュメンタリーを見て、内容について云々言うのはちょっと力不足なのではないか……と、原稿を書く段階になって腰が引けている。アフガニスタンに生まれ、望まぬ結婚を強要される絶望をラップに乗せて歌う少女を記録した『ソニータ』公式サイトは、とにかく見た後に考えることの多い作品である。

ラッパーを夢見るアフガニスタンの少女「ソニータ」ドキュメンタリー映画を撮るってどういうことだ

アフガニスタンの少女、ラッパーを夢見る


映画の主人公であるソニータは16歳。アフガニスタン生まれだが、幼少の頃にタリバンから逃れ、家族と離れ離れになりながらイランのテヘランに不法滞在する難民として暮らす。彼女の憧れはリアーナとマイケル・ジャクソン。夢は有名なラッパーになることだ。

イランで活動するNGOの児童保護センターに通い、教育を受けるソニータ。しかしそんな彼女の元に、アフガニスタンの家族から結婚を強要する連絡が届く。相手は会ったこともない年上の男。
ソニータの家族の目当ては結婚の時に花嫁の家に払われる結納金で、その金をソニータの兄が結婚する際の結納金に当て込むつもりなのだ。

知らない男と結婚させられるというだけなら、しばらく前の日本の婚姻制度だってそうだった。アフガニスタンの場合、そこに貧困と多額の結納金というシステムが乗っかるのが話をややこしくしている。結婚に伴って嫁側の家に高額の金が支払われることで、結婚というシステムがそのまま人身売買になってしまう。さらにそこに土地の習俗や宗教に基づく男女観が絡むことで、話は圧倒的に女性側に不利になる。基本的に女性たちの選択肢は泣き寝入りしかない。


しかし、ソニータは抵抗する。一度は母親によって連れ戻されそうになるも、取材班を泣き落として2000ドルを立て替えてもらい、その金で半年の猶予を得るのだ。その時間を使い、ソニータは自らの境遇をラップで訴える。彼女の武器は自分で考えたリリックと、インターネットだ。

ラップとYouTubeの力で事態は思わぬ方向へ


この動画が、ソニータが歌うラップ「売られる花嫁(Brides for sale)」である。額にバーコードを描き、痣だらけ(もちろんメイクである)でラップをする花嫁というビジュアルはインパクト抜群だ。ソニータはこのPVで自らの運命を切り開き、事態は思ってもみなかった方向へと転がっていく。


ラップというのは基本的には言いたいことのある人のための音楽だ。内容はなんでもいい。「オレはモテる」とか「オレはケンカが強い」とか「晩飯がカレーだと嬉しい」とかでもいいし、黒人をはじめマイノリティが政治的なメッセージを発する手段としても広く機能してきた。その意味で、ソニータが表現手段としてラップを選択したのは極めて順当だ。とにかく彼女には言いたいことがあり、そしてそれを表現し、発信することができた。これは大きな幸運である。


それにしてもソニータの容貌、特に目の力はすごい。ソニータの母親や、NGOの職員の先生(言うことはシビアなんだけどめちゃくちゃいい人で泣けるんですよ……)、ソニータの姉や同級生たち、さらに映画の監督自身と、この映画には様々な立場の女性たちが登場するのだが、ソニータの目は誰とも違う爛々とした光を放っているのが印象的だ。

同じくらい強烈だったのがソニータの母親で、60歳という年齢を差し引いてもくたびれすぎている雰囲気は見ていて大変つらい。映画では娘が望まない結婚を迫る立ち位置だったが、きっとこの母親だって最初からあそこまでくたびれてはいなかったはずなのだ。人間をあれだけ消耗させるものはなんなのか。ソニータにはそこから抜け出す方法があったけど、今もってどれほどの人間がそれによって消耗しているのか。
想像するだにゲンナリしてしまう。

ドキュメンタリーとして有り? 無し?


それにしても『ソニータ』はドキュメンタリーとしてはちょっと難しい映画である。なぜなら、途中から監督をはじめ取材班がソニータの活動にけっこう協力しちゃってるのだ。

この映画を撮影したロクサレ・ガエム・マガミ監督は、「とにかく金が必要だ」と娘を連れ戻そうとする母親に対し前述のように2000ドルを用立てる。その後もソニータのPV撮影に協力し、なにかと世話を焼きつつソニータの人生を大転換させる役割を担うことになる。もちろん監督も「目の前に起こったことをそのまま記録するのがドキュメンタリーなのでは?」と、最初はかなり迷う。
しかし、状況が激変していく中でなし崩し的にソニータに手を貸すことになっていくのだ。

これは難しい。古くから「報道カメラマンは写真撮ってる暇があったら目の前の人間を助けんかい!」みたいな議論になってるやつである。しかし、大きな夢とそれを実現するためのスキルのある16歳の少女が、目の前で人身売買されそうになっているのだ。つい手助けしてしまった監督の気持ちも非常によくわかる! おまけに彼女の表現手段は映画監督の本領である映像制作のスキルと非常に相性がいい。自分のスキルを使えば目の前の少女の運命を変えられるかもしれない……そうなった時に、ただカメラを回しているだけでいられる人間は、あんまり多くないのではないか。

こういう作品なので、ジャーナリズム的な側面としてはこの『ソニータ』はけっこう厳しい。しかし、これは裏を返せばこの世界には人身売買の危機に晒された子供のために、身銭を切り身体を張る人間がまだそこそこいるということでもある。もちろんソニータ本人の気力とスキルが最大の要因ではあるのだけど、この事実にもちょっとだけ救われた気がした。


【作品データ】
「ソニータ」公式サイト
監督 ロクサレ・ガエム・マガミ
出演 ソニータ・アリザデ、ロクサレ・ガエム・マガミ ほか
アップリンク渋谷、シネマ・ジャック&ベティほかにて順次上映

STORY
アフガニスタンで生まれ、イランに逃れてきた難民の少女ソニータ。彼女の夢は有名なラッパーになり、大勢の前でライブをすることだった。しかし故郷の母親はソニータに対し、しきたり通りの望まない結婚を迫る。ドキュメンタリー作品。