『オーシャンズ11』の監督が撮ったクライムコメディでありながら、"ヒルビリー"たちの悲哀と苛立ちも感じさせる複雑な一作。『ローガン・ラッキー』は非常に現代的な犯罪映画である。

犯罪コメディ「ローガン・ラッキー」に見るアメリカ田舎者白人の鬱屈と悲哀、深い

アメリカの田舎白人、ヒルビリーとは


ヒルビリーとは、もともとは「山に住んでいる白人」みたいな意味の単語だ。最初にそう呼ばれた人々はアメリカ東部にあるアパラチア山脈の南側に住み着いた人々。18世紀ごろにこの地に移民してきたスコッチ・アイリッシュの彼らはあんまり山の外と交流せず、狩猟をやったり密造酒を作ったりして生活し、地元でしか通じないアクセントで話すという、アメリカの中でも独自の文化を作った。

この人たちのイメージがポピュラー文化の中で再生産されるにつれ、当初の強烈なスコッチ・アイリッシュの意味合いは薄れる。現在ヒルビリーという単語のニュアンスは、フラットな意味合いだと「白人の田舎者」、悪くいうと「どん百姓」「カッペ」くらいの感じらしい。

一昔前にこの"ヒルビリー"という名前そのもので呼ばれていた音楽ジャンルがあった。それが今でいう「カントリー」である。
日本でも知られている代表的な歌手と言えばジョン・デンバーやテイラー・スウィフト(デビュー当時はカントリー路線だったのである)あたりだろう。そして『ローガン・ラッキー』の冒頭で流れる曲が、いきなりジョン・デンバーなのである。これはまさに「これはヒルビリーの映画だよ!」という宣言に他ならない。

ついてない奴らが一致団結、NASCARの売り上げを強奪せよ!


炭鉱夫ながら足の怪我で仕事を失い、妻とは離婚協議中、愛する娘ともたまにしか会えないという冴えない男、ジミー・ローガン。そもそもローガン一家の不運は有名で、父の借金が返済できたと思ったら母親が病気で倒れ、高校ではアメフトのスター選手だったジミーは膝を故障してプロ入りを断念。弟クライドに至ってはイラク戦争で左腕を失って、今は片腕でバーテン稼業……と、命に関わるレベルの不運に見舞われ続けている。

こんなクソみたいなどん底生活を一発逆転するため、ジミーは大胆不敵な現金強奪計画を企てる。
標的は全米最大のストックカーレース「コカ・コーラ600」が開催中のシャーロット・モーター・スピードウェイ。その地下に存在する、レース当日の売り上げ全てが集積される金庫から現金を盗み出すのだ。かつてこの金庫の工事に関わったことから計画を思いついたジミーは、弟クライドと運転が上手い妹のメリーを巻き込む。

さらにもう一人の戦力として必要なのが腕のいい金庫破りだ。そこで目をつけたのが、地元の刑務所に服役中の伝説の爆破師ジョー・バング。ジョーと接触したジミーとクライドは、犯行当日に彼を脱獄させ、金をせしめた後でバレないうちに刑務所に戻すという破天荒なプランを持ちかける。
作戦決行は「コカ・コーラ600」のレース当日。果たしてどん底の貧乏人たちが企てた現金強奪は成功するのか……。

「アメリカでは大人気だけど他の国では特に人気がないもの」は色々あるけど、『ローガン・ラッキー』はそれらを寄せ集めて犯罪映画を作ったらどうなるかという実験みたいな作品である。ジミーたちが狙うNASCARのレースもそんな要素のひとつ。市販車みたいな形のド派手な車(中身は完全に別物なのでめちゃくちゃ頑丈で速い)が巨大なサーキットをグルグル回るというもので、劇中に出てくるシャーロット・モーター・スピードウェイはその聖地のひとつ。日本人が想像するレース用のサーキットとは規模がまったく違うらしく、レース期間中のシャーロットは周辺の屋台や各チームのトレーラー、新車を展示する自動車メーカーのブースなどが集まってひとつの街のようになるそうだ。


その膨大な売り上げを一気にかっさらうべく知恵をしぼるジミーたち。特に強烈なのがダニエル・クレイヴ演じるジョー・バングである。『007』シリーズでの渋い姿はどこへやら、ハイテンションで変なアクセントの英語を喋り、プライドも高いが仕事はちゃんとする、という今までのイメージとはだいぶ開きのある役を大喜びで演じている。また、朴訥とした片手のバーテン役のアダム・ドライヴァーも印象的。何をしていてもなんだか悲しそうなのにここぞというタイミングで異常な行動をとる役柄を、なんとも言えない目つき(なんなんでしょうね彼のあの目つきは)で表現していた。

ソダーバーグが"田舎者の反乱"を描く意味


『ローガン・ラッキー』で題材になっているNASCARのルーツは、アメリカ中南部で開催されていたアマチュアのカーレース。
そういうイベントなので、1980年代あたりまでは「田舎者の娯楽」のイメージが払拭できなかったという。そんなレースの売り上げを強奪するためにこれまた田舎者たちが身体を張るというわけで、『ローガン・ラッキー』はアメリカ人には強烈に「田舎者大集合!」な映画に見えているんじゃないかと思う。

『オーシャンズ11』シリーズではセレブ達の犯罪を小洒落た雰囲気で描いたスティーヴン・ソダーバーグが、一転してこういった題材を選んだのはなかなか興味深い。なんと言っても、前回のアメリカ大統領選でトランプを熱烈に支持したのは彼ら"ヒルビリー"だという。その根底にはエスタブリッシュメントに対する彼らの鬱屈した感情がある……というのは、いろいろな専門家が分析しているところだ。

『ローガン・ラッキー』で描かれているのは、そんなヒルビリーたちの鬱屈だ。
ローガン一家は代々続く不運に見舞われている設定だが、これは裏を返せば代々一族で田舎に住み続けている人たちということでもある。こういう人たちが「鼻持ちならない奴ら」に対して抱く感情は複雑だ。映画自体のノリが軽いのでそれほど描写されていないものの、失職し離婚し娘にも会えず金もないというジミーや、イラク戦争で片手を失ったクライドの境遇から来る鬱屈や苛立ちは、多分外から見るより重くて深い。

映画はそれらの複雑な感情をうまくすくい上げ、さらに実際のヒルビリーたちが「おれもこうありてえ……」と思いそうな形に決着する。これを商売上手と見るべきか、それとも今のアメリカの空気を反映していると見るべきなのか微妙に判断がつかない(多分両方だとは思う)。軽いノリのクライムコメディとも、田舎者たちの反乱劇とも見られる多面的な作品である。

【作品データ】
「ローガン・ラッキー」公式サイト
監督 スティーヴン・ソダーバーグ
出演 チャニング・テイタム アダム・ドライヴァー ダニエル・クレイヴ ライリー・キーオ ほか
11月18日より全国ロードショー

STORY
ことごとくツキのないローガン一家に生まれ、トラブル続きの生活を送るジミー。一発逆転のため、兄弟たちと共にNASCARの売り上げの強奪計画を練る。金庫爆破の専門家ジョー・バングを脱獄させ、レース会場での強奪計画に乗り出すが、事態は思いも寄らない方へ転がっていく。
(しげる)