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知略と優しさで女性を魅了!智将プレイボーイ・毛利元就【歴ドル美甘子のラブラブ♡偉人伝】

2017年1月10日 17時00分

ライター情報:美甘子

歴っしゅ! 歴ドル美甘子です。2017年、明けましておめでとうございます。
「ラブラブ♡偉人伝」今回のテーマは、「毛利元就と妙玖(みょうきゅう)夫婦」です。
今回は中国地方統一に村上水軍も活用した、戦国一の智将・毛利元就の恋愛事情を探っていきます!
和高節二筆 毛利元就(安芸高田市歴史民俗博物館蔵)


三本の矢どころではなかった!? 意外と子だくさんだった毛利元就


毛利元就と言えば「三本の矢」の話が有名ですね。一本だと簡単に折れる矢でも三本束ねれば折れない。元就が3人の息子に説いた結束の話としてよく知られています。しかし、実は毛利元就の子どもは3人ではなく15人。9男6女の大家族の父だったのです。ちなみに、この三本の矢の話をしたと言われているのが、長男・隆元、次男・元春、三男・隆景。この3人と2人の女子の計5人が、妙玖夫人との間にできた子どもです。

毛利元就は1497年安芸国(現在の広島県)の城主の次男として誕生。兄や嫡男が急死したため、27歳で家督を継ぎます。
妙玖夫人は、安芸国国人の吉川国経の娘で、政略結婚により元就の元へ嫁ぎました。結婚した正確な時期は分かっていませんが、長男・隆元を産んだ年は1523年。元就27歳、妙玖夫人25歳の時でした。2人は毛利家が代々城主を務める郡山城で生活します。
三矢の訓跡碑 (安芸高田市歴史民俗博物館提供)


石碑に刻まれた毛利家のスローガン!「百万一心」とは?


郡山城にまつわるこんなエピソードがあります。毛利元就がまだ幼い頃に厳島神社を参拝した際、そこで泣き続ける小さな娘を見つけました。

ライター情報: 美甘子

愛媛県今治市大三島出身。
歴史上の人物をこよなく愛する歴史アイドル(歴ドル)界の第一人者。
BS12「せいこうの歴史再考」に出演中。

URL:Twitter:@rekish_mikako

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