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なぜ、日本人女性はキャミソールを着ないのか?【勝部元気のウェブ時評】

ライター情報:勝部元気


日本人女性がキャミソールを着ない理由


では翻って日本の事情はどうでしょうか? 日本においてはこの「Desexualize(非エロ化)」という概念が他国に比して圧倒的に欠けていると思います。

それを最も如実に表しているのが、冒頭でも触れた日本人女性のファッションです。海外にいた後に帰国した人ならば気が付く人も多いと思いますが、一般的な日本人女性は、温暖な気候のわりに体のラインを隠すファッションを選ぶ傾向にあります。

これは単なるファッションの好みの問題だけではありません。先日知り合ったアメリカ在住の日本人の友人は、「アメリカではノーブラでも平気だけれど、日本に着たら必ずブラジャーを着けている」と言っていました。また、「留学中は普通にキャミソールを着ていたけれど、日本では絶対に着られない」と言っている人もいました。つまり、同じ日本人でも日本という環境だから露出度の高い服を避ける傾向にあるのです。

画像はイメージ


これは、日本社会では女性が自分の体を「Desexualize(非エロ化)」する自由があまりに未発達で、男社会によって自分の体が勝手にかつ常に「Sexualize(エロ化)」されるからであり、それに対する自己防衛を迫られているという面が非常に大きいと考えられます。

もちろん、体のラインを隠すファッションがダメというつもりは毛頭ありません。ただ、日本人女性がそれを選ぶ理由の多くが、「そのようなファッションが大好きだから!」という積極的かつ能動的なものではなく、「いやらしい目で見られるから」「はしたないから」「恥ずかしいから」「みっともないから」という消極的かつ受動的なものです。

つまり、日本は「自重ファッションの国」。一見、ファッション文化が発達している国のように見えて、実は抑圧によって選択肢を狭められている社会だということがお分かり頂けますでしょうか?


男性も常に女性の体に興奮するわけではない


先述の「Free The Nipple」を報じるニュースが日本でも流れ始めた頃、インターネット上では「エロ満載でアメリカは良いな~」という日本人男性の反応が散見されました。Free The Nipple の趣旨である「Desexualize(非エロ化)」の概念を何一つ分かっていませんね。ヌーディストビーチに関しても度々同じような発言を目にします。

もちろん異性愛の男性が女性の身体に対してエロ的視点で見ることは十分ありえることでしょう。別にそれ自体を否定しているわけではありません。ただ、それは「相手の女性が抑圧の無い環境下で心から同意を表明した場合のみ」にして、かつ「自己決定を歪めるような社会的圧力に繋がらない程度に抑える必要がある」と思うのです。

また、異性愛の男性が女性の身体に対して「Sexualize(エロ化)」した視点で見るか否かは十分に切り替え可能なことです。分かりやすい例をあげれば、異性愛者の男性産婦人科医が執務中に診た女性器に性的興奮を覚えないのが大半でしょう。江戸時代は当たり前のように母親が道端で乳房をさらけ出して授乳をしていました。

にもかかわらず、現状は「Sexualize(エロ化)」した視点でしか女性の身体を捉えることができず、「女体=エロ」という認識の男性も多いわけです。拙著『恋愛氷河期』ではそのような男性を「肉メガネ男子」と呼んでいるのですが、このあまりに「Sexualize(エロ化)」され過ぎた女性観を「Desexualize(非エロ化)」する必要があるのではないでしょうか?

これは性欲の強いか弱いかということとは一切関係がありません。あくまでTPOによってスイッチを切り替えられるか否かの問題です。何かつけて、女性の身体に対して「はしたない!」「いやらしい!」「みっともない!」「エロい!」「セクシー!」「色っぽい!」というパブロフの犬的な反応しかできないのは滑稽であると同時に、その「不自由な姿」に男性自身の選択も狭めていることなのだとさえ思えてきます。


日本人よ、もっとセクシーになろう!


ちなみに私は「(健康的に)華奢であり続けたい」という少し変わった美意識を幼い頃から持っています。それゆえ今でもそのような体型の維持を心掛けているわけですが、これまで「男はもっと筋肉(速筋)をつけたほうが良いよ!」「華奢なのは男として全然セクシーじゃないから!」という呪いの言葉をかけてくる人が本当にたくさんいました。

そのようなマンスプレイニグ(求めてもいない指摘)に対して私がいつも思うのは、「私には私だけの美学と美的感覚がある」「あなたの美的基準には一切興味が無い」「(言ってきた人が女性の場合)価値観の違うあなたにモテるつもりは一切ない」ということであり、「そういう呪いをかける人は人としてナンセンス」ということです。そしてもちろん、身体に関する呪いを女性にかける男性もナンセンスだと思います。

日本では「セクシー」という概念がまだ希薄です。それは単にエロいという意味ではないですし、いわゆる「セクシーな格好や仕草」のように記号的な意味でもありません。本来は、「人としての意志の強さと、創造性豊かなセンスと、漲る”生”の強さが現れた美しさ」のことです。残念ながら社会による「Sexualize(エロ化)」から自己防衛を迫られているような状況では芽生えにくいのも当然でしょう。

折しも本日3月8日は「国際女性デー」です。男性も女性も全てのジェンダーの人々が、他人が求める色に染まらず、「かくあるべき」という呪いから解放された環境下で自由に選択をして、自分が好きなファッションで自分の体を色鮮やかに着飾り、自分なりのセクシーさを追求して、笑顔溢れる自己表現をして欲しいと思います。
(勝部元気)

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ライター情報: 勝部元気

株式会社リプロエージェント代表取締役社長。社会派コラムニスト。1983年東京都生まれ。早稲田大学社会科学部卒。専門はジェンダー論や現代社会論等。民間企業の経営企画部門や経理財務部門等で部門トップを歴任した後に現職。著書『恋愛氷河期』(扶桑社)。所有する資格数は66個。

2017年3月8日 20時40分