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年を取ってどうでもよくなったことに「学歴」「他人の目」が挙がる 「能力。性格のほうが遥かに大事」という声も

2018年7月14日 10時00分

こだわりはある程度大事だが、世間にはどうでもいいようなこだわりに囚われている人もいる。それがどんなに、馬鹿げていたり、客観的に考えると答えが出ていることだとしてもだ。逃れられない人のなんと多いことだろう。


先日、5ちゃんねるで「昔はこだわってたけど年取ってどうでもよくなったこと」というスレッドを見つけた。スレ主が挙げる一例は「能力。性格の方が遥かに大事」だ。(文:松本ミゾレ)


「食べ物。腹膨れればどうでも良くなってきた」



うん、確かにその通りだ。能力的に優れているのは素晴らしいことだけど、性格が悪いと後々周囲に嫌われ、損をしてしまう。このスレッドには、こういった"こだわっていた時期はあったけど、今はどうでもいい"ことの書き込みが実に多く目に付いた。



「学歴」「他人の目」
「食べ物。腹膨れればどうでも良くなってきた」
「服とかバッグとか身に付けるもののブランド。使いやすければそれでいいよ」


こんな感じで色々とあるんだけど、中でも「こだわり」そのものがどうでもよくなったとする意見には、思わず唸ってしまった。


こだわること自体がどうでもよくなってしまう時期って、確かにおっさんになるとやって来る。他人の目がどうでもよくなる瞬間も、確かに増える。僕自身、20代の頃は抵抗があった「部屋着にサンダルつっかけてコンビニに行く」ことを、今では平気になっている。


こだわりがなくなると生きやすくなる?だったら年を取るのも悪くないよね


今回のこのコラムで僕が伝えたいことって、実はそんなに大した話じゃない。単純に、「年齢を重ねるごとに、余計なこだわりを捨てる機会がどんどん増えていき、年々生きやすくなるよね」という話がしたいだけだ。

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