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全日本プロレス社長・秋山準が激白した三沢光晴との最後の会話…そして“王道”再生への覚悟

2016年9月23日 15時00分 (2016年10月20日 11時02分 更新)

全日本プロレスの社長に就任し、「初めて三沢さんの大変さがわかった」と語る秋山準

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一昨年7月、全日本プロレスの代表取締役社長に就任し、現役レスラーとしても第一線で闘い続けている秋山準(じゅん)が、24年にわたるプロレス人生を赤裸々に明かした。

前編記事(「四天王の中に放り込まれて、ついていくのに必死だった」)では、若手時代の苦悩やノア移籍後の躍進を振り返った秋山。後編は、三沢光晴さんとの最後の会話、パニック障害との闘い、そして“王道”の再生への決意を語る!

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ノアは2004年、05年に東京ドーム大会を開催。その人気は新日本を凌駕(りょうが)するほどだったが、以降、その勢いに陰りが見え始める。

09年、ノアは最大の逆風に見舞われる。まず3月に日本テレビの地上波中継が打ち切られた。そして6月13日の広島大会でのタッグマッチ(三沢光晴潮崎豪vs齋藤彰俊&バイソン・スミス)の試合中、齋藤のバックドロップを食った三沢が心肺停止状態に陥り、頸髄離断(けいずいりだん)で死去。46歳での早すぎる死は、大きな衝撃と波紋を呼んだ。

「三沢さんはどんなケガをしていても休まなかった。キツかったと思いますけど、『大丈夫だよ』ってずっと言ってる人でした。それが亡くなる半年くらい前に、『社長、大丈夫ですか?』って聞いたら、『いや、ちょっとキツイな』って初めて言われた。

最後に三沢さんと言葉を交わしたのは、広島大会の前日の大阪でした。僕は腰の状態がひどかったんで、朝、ブロック注射を打ちに東京に戻るところでした。

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

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