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放送中止のドラマ『幸色のワンルーム』は、そんなに危険な話なのか?

2018年6月23日 08時46分

朝日放送の番組公式サイトより https://www.asahi.co.jp/sachiiro/

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 テレビ朝日が、6月18日に放送中止を発表したドラマ『幸色(さちいろ)のワンルーム』。7月から放送する予定だったのが、「誘拐を美化している」などの批判が寄せられたために、異例の中止を決定したのです。一方、制作した大阪・朝日放送(ABC)では7月から予定通り放送します。

 ドラマの原作は、「はくり」さんによる同名漫画で、2017年2月から無料漫画サイト「ガンガンpixiv」で連載されて大きな話題を呼びました。累計閲覧数は2億回を突破し、コミックス1~4巻は累計75万部とか。

 実は、漫画自体もネットで賛否両論だったのですが、それほど危険な作品なのでしょうか?

 少女漫画マイスターで『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』著者である和久井香菜子さんに、漫画を全巻読んで批評してもらいました(以下、和久井さんの寄稿)。

◆『幸色のワンルーム』の何が批判されているのか

 まず、『幸色のワンルーム』は、どんなお話なのでしょうか。

【以下、軽くネタバレを含みます】

 中学2年生の×××は“お兄さん”に“誘拐”されて、彼の部屋に住んでいます。彼女は実の両親から虐待を受け、学校ではいじめられていて、全身生傷だらけ。×××はお兄さんに新しく「幸(さち)」という名前をつけてもらい、2人はかけがえのないパートナーとして暮らし始めます。

 そうしてストーリーが進むごとに、お兄さんと幸の過去や、彼らがどんな闇を抱えているのかが少しずつ明かされていくのです。

 作品に対して批判的なコメントを読んでみると、「実際にあった、ある誘拐監禁事件をモデルにしている」(作者は否定)、「被害者が幸せを感じるのは、誘拐を美化している」という点が批判の的のようです。

 一方で擁護派は、「フィクションで、実際の事件とは関係ない」「ちゃんと読めば誘拐を美化などしていない」と反論。ネット上では今も議論が続いています。

 作品を読んでみると、ストーリーのテーマは「孤独」や「自分の居場所」といったとても現代らしいもので、決して誘拐そのものではないことがわかります。

◆そもそも「誘拐」してないことが第4巻でわかる

 そもそも、この話は「誘拐」とは言い難いのです。

 第1巻の冒頭からすでに「ワンルーム」に2人がいる場面で、「誘拐した」という言葉が使われてはいますが、その経緯はずっと明かされません。第4巻でようやく、お兄さんが幸を「誘拐」する場面が再現されます。それはこんな場面です――。

 人生に絶望した幸が、川に身を投げて自殺をしようとしたところを見かけたお兄さんは、幸に声をかけます。「僕は君のストーカーだ」「家庭のことも学校のこともなんとなく察してる」「だから、死なれるくらいなら君を誘拐しようと思う」と言って手を差し伸べます。すると、お兄さんの予想に反して幸は「本当ですか!!」と満面の笑みを見せます。「じゃあ、私のこと助けてくれるんですね!!」と。

 お兄さんは幸になにかを強要することも、脅して言うことを聞かせることも、自由を奪うこともしません。つまり冒頭でお兄さんが「誘拐」と言っているのは、単なるレトリックとして、この単語を使っているだけなのです。2人のセリフから「誘拐」という言葉を消すと、外を堂々と歩けないこと以外、誘拐要素はひとつもありません。誘拐というよりは「逃亡」に近い。

 作品を分解すると「誘拐された女の子が幸せそうなのはなぜ?」というギャップで読者の興味を引き、2人が想い合うさまを描いたあとには、2人の関係の障壁として「誘拐」という設定が使われていると言えます。

◆虐待、いじめ、孤独…今風のテーマを詰め込んだ作品

 ところで、過去に誘拐を扱った少女マンガはいくつかあります。

『炎のロマンス』(上原きみ子)は、女子高生が突然拉致されて船で南の国に連れて行かれ、そこで島の女王になるお話です。上原きみ子さんは、時事問題から作品の着想を得る作家です。病院での子どもの取り違えが頻発したころには、取り違えられた主人公の苦悩を描く『舞子の詩』というバレエ漫画を描いています。

『有閑倶楽部』(一条ゆかり)にも、金銭目的で主人公のひとり、悠理が誘拐される話があります。トラブル好きの悠理が誘拐されて大喜びし、犯人に身代金を大幅に値上げさせて誘拐事件を盛り上げます。

『運命の恋人』(宮脇明子)は、高校教師が教え子の女子高生を監禁する物語です。こちらの物語はファンタジーの要素が薄く、リアルで恐い。

 また、虐待やいじめをテーマにしたマンガは多数あります。最近のマンガで特徴的なのは、虐待やいじめの行為がテーマではなく、主人公のバックグラウンドとして語られることです。この10年ほどで毒親という言葉が浸透し、児童虐待のニュースも頻繁に取り上げられるようになっています。「大きな事件」ではなく身近な問題として、虐待やいじめが描かれるようになっているのです。

 マンガや小説といった創作作品はもともと、社会の中で埋もれている問題を掘り起こしたり、個人の葛藤や時代を象徴する出来事が描かれるものです。主人公は自分の意志を持った個性的なキャラが多い。

 こうした前提を踏まえて『幸色のワンルーム』をみると、虐待、いじめ、孤独といった現代の闇をギュッと詰め込んだ作品だとわかります。作品のファンは、孤独やとまどい、大切に思い合える相手や居場所を見つける喜びに共感していて、「誘拐」というレトリックにこだわる人は少数でしょう。

 実際に事件になった事柄を創作物にしてはいけないなら、殺人や詐欺、窃盗など、今現在公開されている多くの作品はNGです。ほかの事件は許されるけれど『幸色のワンルーム』は許されないのでしょうか。もしくは「人を傷つける可能性のあるもの」はすべて禁止するべきなのでしょうか。

 とはいえ、もしも実際の事件の関係者が本作によって傷つかれたなら、それは大きな問題ですし、尊重されるべき感情です。

◆原作はpixiv、ということの功罪も

 騒動になった要因としてひとつ感じるのは、この作品が当初pixivで公開されたということです。これがもし商業誌なら、企画の段階で編集が、実在の事件がモデルだと批判されそうな要素を注意深く取り去ったかもしれません。

 第三者の管理が入ることで、自由な発想や若い感性の妨げになることは大いにありますが、逆に社会的なリスクヘッジが行われることも多いでしょう。インターネット社会のメリットとデメリットを実感させます。

 書籍出版やドラマ化の際には、多くのスタッフが作品を実際に読んで評価をしているはずです。そこで問題にならなかったのは、作品のテーマが誘拐そのものであったり、事件を彷彿とさせたり、揶揄してはいないという判断があったからこそだと推測します。

 それでも関東での放送が中止になったのは、一部世論を重視したことに他なりません。ただ、ドラマそのものの制作・放映が中止になったのではなく、一部地域での放送中止は、適当な妥協点だったのかなと思います。

<TEXT/和久井香菜子>

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

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