平凡社 世界大百科事典

カースト

インドの社会集団。結婚,食事,職業などに関する厳格な規制のもとにおかれた排他的な社会集団で,カーストを経済的な相互依存関係と上下の身分関係で有機的に結合した制度をカースト制度という。

バルナとジャーティ

カーストとはポルトガル語で〈家柄〉〈血統〉を意味するカスタ(語源はラテン語のカストゥスcastus)に由来する語である。インドではカースト集団を〈生まれ(を同じくする者の集団)〉を意味するジャーティjātiという語で呼んでいる。

 一方,日本ではカーストというとインド古来の四種姓,すなわち司祭階級バラモン,王侯・武士階級クシャトリヤ,庶民(農牧商)階級バイシャ,隷属民シュードラの意味に理解されることが多い。インド人はこの種姓をバルナvarṇaと呼んできた。バルナとは本来〈色〉を意味する語である。アーリヤ人のインド侵入当時,肌の色がそのまま支配者である彼らと被支配者である先住民との区別を示していた。この語に〈身分〉〈階級〉の意味が加わり,混血が進み肌の色が身分を示す標識でなくなったあとにおいても,この語は依然として〈身分〉〈階級〉の意味に使われ続けたのである。4バルナのうち上位の3バルナは再生族(ドビジャdvija)と呼ばれ,これに属する男子は10歳前後に入門式(ウパナヤナupanayana(2度目の誕生))を挙げ,アーリヤ社会の一員としてベーダの祭式に参加する資格が与えられる。これに対しシュードラは入門式を挙げることのできない一生族(エーカジャekaja)とされ,再生族から宗教上,社会上,経済上のさまざまな差別を受けた。そして,シュードラのさらに下には,4バルナの枠組みの外におかれた不可触民(今日では指定カーストscheduled casteと呼ばれる)が存在した。彼らは〈第5のバルナに属する者(パンチャマpañcama)〉とも〈バルナを持たない者〉とも呼ばれる。なお,時代が下るとともに下位の両バルナと職業の関係に変化が生じ,バイシャは商人階級のみを,シュードラは農民,牧者,手工業者など生産に従事する大衆を意味するようになる。こうした変化にともないシュードラ差別は緩和されたが,不可触民への差別はむしろ強化された。

 以上の4バルナの区分が社会の大枠を示したものであるのに対し,ジャーティは地域社会の日常生活において独自の機能を果たしている集団であり(たとえば壺作りのジャーティ,洗濯屋のジャーティ),その数はインド全体で2000~3000にも及んでいる。

 ジャーティとバルナの間には共通した性格(内婚,職業との結合,上下貴賤の関係)が認められ,また不可触民のジャーティを除くすべてのジャーティが4バルナのいずれかに属している。このため,従来しばしばジャーティとバルナが混同され,そのいずれもが〈カースト〉と呼ばれてきた。しかしカースト制度を理解するためには,この両概念をひとまず切り離してみる必要がある。以下ではカーストという語をジャーティの意味に用い,バルナについてはこの呼称をそのまま用いた。ただしバラモンという呼称のみは,カースト,バルナいずれの範疇(はんちゆう)にも用いられる。

カースト内部の構造

(1)結婚 結婚に関する規制はカーストごとに多様であるが,原則的に言えば,カーストは外婚集団を内包する内婚集団である。すなわち,カーストの成員は自分と同じカーストに属する者と結婚する義務がある(内婚)と同時に,同一カースト内の特定の集団に属する者とは結婚できない(外婚)。内婚の範囲はカーストの大小や地理的条件によって多様であるが,大きなカーストの場合,その内部がさらに幾つかの内婚集団(サブ・カースト)に分かれていることが多い。ただし,上位カーストの男性と下位カーストの女性との結婚がおおめに見られることがあり,また南インドのケーララ地方に住むナンブードリ・バラモンと母系のナヤール・カーストの間に見られるような,異カーストの間の通婚関係が慣行として定着した例もある。

 カースト内部の外婚集団としては,まず近い親族がある。ヒンドゥー法典などではその範囲を父方7世代,母方5世代などと定めているが,現実にはもう少し狭い範囲とされる。この範囲内での通婚は原則として禁じられるのであるが,南インドでは交叉いとこ婚(母親の兄弟の娘との結婚)が望ましいとされるなど,例外もまた多い。外婚集団にはまた,伝説上の祖先とされる聖仙(リシṛṣi)を同じくする家(ゴートラを同じくする家)と,その聖仙に続く幾人かの家祖の一部を共通にもつ家(プラバラpravaraを同じくする家)がある。これらの家は互いに親族であるとみなされ,実際に血縁関係がない場合でも通婚が禁じられる。このゴートラ・プラバラ規制は,主としてバラモンの間で強く守られてきた。

 以上のように,カースト制度のもとで配偶者の選択の範囲はきわめて限られている。しかし,ヒンドゥー教徒の父親にとって,子どもをふさわしい家柄の異性と結婚させることは宗教的義務であった。かつてインド社会で広く行われていた幼児婚の風習の主たる原因はここにある。内婚制はカースト制度のなかでも最も強固な部分である。今日,都市においてこの壁が崩れる傾向が見えはじめているものの,社会的ランクの隔たったカーストの間の婚姻が成立することは,なお非常に少ない。

(2)食事 ヒンドゥー教徒にとって食事は一種の儀礼であり,穢(けが)れから食事を守るために細心の注意が払われる。原則的には,他カーストの者といっしょに食事すること,および下位カーストの者から飲み水や食べ物を受けることが禁じられる。しかし食事に関する規制はカーストによって,また地方によって多様であり,必ずしもこの原則が厳守されているわけではない。飲食物の種類について言えば,高いカーストほどタブーとされるものが増え,バラモンのなかには完全な菜食主義を守るサブ・カーストも多い。中位・下位のカーストは一般にヤギ,鳥,魚などの肉を食べるが,牛肉食は一部の不可触民カーストに限られている。近年,食事に関する規制は全般的に緩和されつつある。とくに都市においてこの傾向が著しい。

(3)職業 カーストはしばしば固有の職業をもち,成員はその職業を世襲する。したがってカースト名には職業に関係するものが多い。たとえば,鍛冶カーストのローハールは〈鉄〉を意味するローハ,陶工カーストのクンバールは〈陶器〉を意味するクンバを語源としている。ただしカーストと職業の結びつきは決して固定したものではなく,同一カーストに属する者が異なった職業に従事する場合も現実には多い。また農作業はほとんどのカーストに開かれている。

 近代になり伝統的な経済関係が崩れはじめると,カーストと職業の結びつきは緩んだ。今日のインドでは共和国憲法のもとで,原則的には職業の自由が保障されている。しかし,インドの人々がカースト固有の職業を離れても,カーストそのものから離脱したことにはならず,出身カーストへの帰属意識は依然として強い。

(4)自治機能 各カーストには,以上の結婚,食事,職業に関する諸慣行を含む独自の慣行が掟(おきて)として存在している。そして,それらの掟に違反した仲間に対しては,長老会議(カースト・パンチャーヤット)や成員の集会(サバー)によって,罰金支払を含むさまざまな制裁が加えられた。制裁の方法として,しばしば採用されるものにカースト外への追放がある。一時的追放の場合は贖罪行為や浄化儀礼(沐浴など)のあと復帰できたが,永久追放された者は,他カーストから受け入れられることもなく,また家族からも見放された。処罰の対象となる行為には食事や交際に関する違反などささいに見えるものも多い。しかしカーストの団結と地域社会内でのランク(地位)を守るためには,そうしたささいな掟の厳守が必要とされたのである。

 このようにカーストは,自治的機能をもった排他的な集団であり,インド人はカーストから追放されない限り,貧富や成功,失敗に関係なく,生涯自分のカーストから離れることができない。彼らは村落や都市の成員であると同時に,村落や都市を超えた地域社会のなかに住むカースト仲間と結ばれており,交際の親密度から言えば,カースト仲間との結びつきの方がはるかに強い。カースト制度のもとで個人の自由は厳しく制限されるのであるが,他方,カーストに属し,先祖伝来の職業に従事する限り,最低の生活は保障された。

カースト相互の関係

(1)分業関係 旧来のインド社会は,排他的なカーストが経済的・社会的な相互依存関係によって結合されたものであった。人口の大多数を抱えてきた村落社会のなかに,その典型を見ることができる。

 村落は普通10~30のカーストから構成されている。村人はほぼカーストごとにまとまって住み,最良の地は上層の諸カースト,村の周縁部は不可触民の諸カーストの居住区となっている。こうした村落の内部におけるカースト間の分業関係を,社会学者のワイザーはジャジマーニーjajmānī制度と呼んだ。ジャジマーニーとは〈顧客〉〈得意先〉を意味するジャジマーンからの派生語で,特定のカーストに属する家(たとえば陶工や鍛冶などの家)が,先祖代々の得意先である家に対してもつ権利を意味する。すなわちジャジマーニー制度とは,職人カーストやサービス提供カースト(バラモンなど)に所属する個々の家が,農業カーストに所属する家や他カーストに属する家のために特定の仕事を世襲的に行い,その報酬として穀物やサービスを伝統的に定められた量だけ供給されるという制度である。村落内におけるカースト間の分業関係は,経済的・政治的な力をもつカーストに有利にしくまれていた。有力なカーストとは,村内で最も広い土地を所有するカースト(地主,土地所有農民の所属するカースト)で,人数のうえからも最大であることが多い。村落の自治組織であるパンチャーヤットを牛耳ってきたのもこのようなカーストであり,社会学者によって支配(ドミナント)カーストdominant casteと呼ばれている。

 一村内にすべての種類の職人が充足されていたわけではなく,近隣の村落との間で職人を補充しあう必要も生じたが,現物やサービスの交換関係で補われ,貨幣の媒介をほとんど必要としないジャジマーニー制度のもとで,自給自足性の強い村落の生産活動は維持されてきた。しかし,こうした分業関係は,インド社会の近代化とともに崩れてきている。村人のなかには世襲の職業を棄てて都市に出る者も多くなり,また伝統的な報酬に代わり貨幣の支払が求められるようになってきた。

(2)上下関係 カーストはまたバラモンを最上位とし不可触民のカーストを最下位とする儀礼的な上下関係によって結ばれている。職業の種類や食事,結婚をはじめとする諸慣行が,バラモン的な浄・不浄観から評価され,上下の関係が定められるのであるが,そうした上下関係には地域差もあり,また職人カーストなど中間カーストの上下関係はあいまいな場合も多い。

 儀礼的な見地から定められる上下関係と,政治的・経済的な階層差とは本来異なったものである。たとえばバラモンは必ずしも村落内で最も富裕であるわけではない。しかし村落の住民を経済的な視点から上・中・下の3階層に区分してみると,それはカースト・ランキングを3区分したものとかなり一致する。ランキングで最下位におかれた不可触民カーストの生活が,村内の住民の最低水準であることはいうまでもない。カーストの上下関係は,政治的・経済的・社会的な変化に応じて多少の流動性を示した。ランクを上昇させようとするカーストが一般的に試みる方法は,全構成員が一丸となって浄性が高いとみなされる慣行(たとえば菜食,禁酒,寡婦再婚禁止)を採用することである。社会学者シュリーニバスは,カースト内部のこうした動きを,バラモン文化の象徴である聖典語にちなみ〈サンスクリット化Sanskritization〉と呼んだ。伝統社会が崩れはじめた近代のインドでは,この種の動きが中位・下位のカーストの間で活発化し,カースト規制が強化されるという逆行現象も生じている。

 伝統的なインド社会は,カーストをこのように〈よこ〉(相互依存関係)と〈たて〉(上下関係)に有機的に結合したものである。こうしたカースト社会は必ずしも固定化したものではなかったが,きわめて強固であり,本来カースト的差別を認めないはずのイスラム教徒やキリスト教徒も,カースト制度の枠のなかで生活している。

カースト制度を支えた思想

(1)浄・不浄思想 いずれの宗教においても浄・不浄の思想は存在するが,ヒンドゥー教のもとでこの思想は極度の発達をみた。カーストとの関係について言うならば,さきに記したように各カーストの職業や慣行が浄・不浄の観点から評価され,最清浄であるバラモンを最高位とし,不可触民のカーストを最下位とするランキングが定められている。各カーストがそれ自体としてもつ一定の不浄性は集団的なものであり,カースト所属者が一様に,また生涯にわたってもたざるをえないものである。一方,いずれのカーストも,それぞれにふさわしい浄性を保つ必要がある。各カーストがその成員に強制する結婚,食事などに関する煩瑣(はんさ)な規制も,結局は自己のカーストを穢れから守り,カースト・ランキングを維持するためのものと言える。以上のように,ヒンドゥー教の浄・不浄思想は,インド社会をカーストに分割する原理となっていると同時に,カーストの集合体から成る社会を秩序づける原理ともなっている。宗教的・儀礼的に定められた上下の秩序が,経済的な分業関係を支え,維持してきたのである。

(2)業・輪廻思想 ヒンドゥー教徒は,霊魂は前世になした行為(業(ごう))に縛られ,さまざまな姿をとって生まれ代わる(輪廻(りんね))と信じてきた。この業・輪廻思想のもとでヒンドゥー教徒は,〈人がそれぞれのカーストのなかに生まれることになったのは,前世の行為の結果であるから,彼はそのカーストの職業に専念せねばならない。そうすることによってのみ来世の幸福が得られる〉と教えられる。こうした徹底した宿命観が,カースト社会の維持のために果たした役割は大きかった。

カースト制度の起源と発達

カーストの起源をめぐって19世紀以来さまざまな説が提唱されてきた。たとえば職業の分化,異人種(アーリヤ人と先住民)の接触と混血,アーリヤ人の家族制度,先住民の部族制度,原始信仰と宗教儀礼などにその起源が求められている。カースト制度は諸要因の複雑な結合によって成立したものであるが,それらの要因を統合して一つの制度へ導く力となったのは,バラモンと彼らの指導下に成立したバルナ制度である。

 バルナ制度は,アーリヤ人が農耕社会を完成させた後期ベーダ時代(前1000-前600ころ)に,ガンガー(ガンジス)川の上流域で成立した。この制度は,バラモンを最清浄,不可触民を最不浄とし,その間に職能を異にする排他的な内婚集団を配列したものであり,その性格にはカースト制度と共通する部分が大きく,カースト制度成立の基本になった制度と言える。バルナ制度の理論は,その後バラモンによってさらに発達させられ,《マヌ法典》(前200-後200ころの成立)に代表されるヒンドゥー法典のなかで完成された。またこの制度は,アーリヤ文化の伝播にともないインド亜大陸の全域に伝えられ,時代と地域によって強弱の差は認められるものの,今日に至るまで機能し続けてきた。バラモンの指導のもとに成立したバルナ制度は,いわば〈上からのカースト化〉と呼びうるものである。

 一方,古代インドの社会には,他の地域の古代社会と同様に職業や地縁・血縁で結ばれたさまざまな排他的集団が存在していた。これらの集団は,他の地域においては社会の発展とともに排他性を緩めていくのであるが,インドでは,それらは排他性を維持したまま社会的役割を固定化され,カーストとして存続することになった。また歴史の経過のなかで,地理的・職業的・宗教的な原因,あるいは征服や移住や混血,社会慣行の変化などによって,旧カーストが分裂し新カーストが生まれている。いわば〈下からのカースト化〉が進行したのである。この〈下からのカースト化〉を強く促したのが,バルナ的秩序化すなわち〈上からのカースト化〉であったと思われる。〈上からのカースト化〉が集団本来の諸規制をカースト規制に転化させるとともに,諸集団を上下の秩序のなかに位置づけたのである。

 史料が不足していることもあり,カースト間の分業関係に基礎をおく村落が,いつごろ,またいかにして成立したのかは明らかではない。おそらく,グプタ朝(4~6世紀)の衰退以後,都市経済が衰え地域的自給自足化が進行した時期に,徐々に成立したものと考えられる。

 カースト制度はインド社会を膠着化・停滞化させたと言われ,またカースト的独善主義や外部者に対する差別意識を育て,愛郷心・愛国心の成長を阻んだとも言われる。しかしこの制度は,経済発達の一定の段階においては生産を高めそれを維持するための有効な制度だったのであり,また特殊技術を高度に発達させる役も果たした。さらに,カーストを基礎とする社会は大きな安定性をもっていた。したがって,この制度は為政者にとって好都合なものであり,ヒンドゥー王国の支配者はもとより,イスラム教徒の支配者もまた,カースト社会を温存し,その上に君臨するという方法をとった。

インドの近代化とカースト制度

イギリスの植民地とされていた時代のインドでは,新しい土地制度,教育制度,司法制度,官僚制度などが導入され,また交通・通信網の整備,産業の発達,貨幣経済の発達,都市工場の製品の農村への流入,都市への人口集中などが見られた。さらに西欧流の自由平等思想が都市の知識人層に受け入れられ,カースト的差別を批判する者も現れた。20世紀に入ると,選挙制度が導入されて下層民が政治に参加する道が開かれ,また独立運動を通じてカーストの枠を超えた連帯も生じた。このようなインド社会の変化にともない,身分秩序の最上層ではバラモンの権威が揺らぎ,カースト制度を支えてきたヒンドゥー教の思想も影響力を弱めた。一方,身分秩序の最下層では,不可触民の地位向上運動が活発に行われるようになった。また村落におけるカースト間の分業関係はしだいに崩れ,都市に住むエリート層の間には,カースト規制にとらわれず,カースト全体の向上よりも個人の地位上昇を求める者も増加した。独立後のインド憲法では,カースト差別を禁じ,不可触民や部族民の社会的・経済的向上を図るための特別の保護政策がとられるなど,立法と行政の力による社会改革が試みられている。

 カースト制度がこのように解体の方向に進んでいることは確かであるが,この制度を成り立たせている社会的・経済的・宗教的な諸要素が,すべての面で消滅しつつあるわけではない。たとえば内婚制は今日でもかなり厳守されているし,カースト差別の基盤ともなっている村落内におけるカースト別居住は今後も存続するであろう。村落生活者にとって所属カーストへの依存度はなお大きく,ジャジマーニー的分業関係も部分的にはなお機能し続けるものと思われる。またサンスクリット化や選挙制度導入の結果,カースト的結合がかえって強化されたという例も報告されている。カースト制度は往時のような機能を果たさなくなってはいるが,今日なお村落社会を中心に根強い影響力をもち続けているのである。

山崎 元一
ある村のカーストとバルナ
ある村のカーストとバルナ