平凡社 世界大百科事典

マネー・サプライ

銀行などの金融機関以外の民間部門(企業,個人,地方公共団体など)が保有する通貨をいい,通貨供給量と訳される。

M1,M2,M3

通貨の定義により狭義マネー・サプライと広義マネー・サプライに分かれる。狭義マネー・サプライとは,通貨を預金通貨すなわち要求払預金の合計と定義した場合で,通常M1(エムワン)と呼ぶ。日本の場合,要求払預金には全国銀行(信託勘定を除く),相互銀行,信用金庫,農林中金,商工中金に預けてある当座預金,普通預金,通知預金,納税準備預金,および別段預金を含める。いずれの預金も期限の定めがなく,保有者の要求によって支払(決済)手段として機能するからである。これに対して,広義マネー・サプライとは,通貨の定義の中に期限付の定期性預金や貯蓄勘定などの準通貨quasi-moneyまでも含めた場合である。この場合,通常は定期性預金のみを含めた広義マネー・サプライをM2,貯蓄勘定をも含めた広義マネー・サプライをM3と呼ぶ。もっとも,日本とアメリカにはM2とM3の区別が存在するが,ドイツやイギリスのように,定期性預金と貯蓄勘定の区別が困難であるという理由からM2を作成せず,M3のみを作成している国もある。

 日本の場合には,上記のM1に,同じ範囲の金融機関に預けてある定期預金,定期積金および相互銀行掛金を加えたマネー・サプライをM2と呼ぶ。またこのM2に,郵便局に預けてある貯金,農協,漁協,信用組合,労働金庫に預けてある預貯金,および信託銀行に預けてある金銭信託・貸付信託を加えたマネー・サプライをM3と呼ぶ。このように,定期性預金や貯蓄勘定までも通貨の定義に含め,M2やM3といった広義のマネー・サプライを作成するのは,これらも期日が到来したときや期日前でも解約したときには,支払(決済)手段として機能するからである。つまりM1に比較すれば流動性は低いが,いつでも通貨に転換しうる予備軍,つまり準通貨であるがゆえに,これらをM1に加えたM2やM3の統計を作成し,その動向を分析するのである。アメリカでは,さらに政府短期証券などいつでも容易に売却して通貨に換えることのできる流動性の高い金融資産をM3に加え,M4,M5……と種類を増やしたこともある。ただし,このように通貨の定義を拡張すればするほど,マネー・サプライには流動性の程度が異なる各種の金融資産が含まれるので,その合計額の意味が薄れ,他の経済諸変数との相関関係が不安定になる。日本では,上記M1,M2,M3のほか,M2とM3のおのおのにCD(譲渡性預金)を加えた[M2+CD],[M3+CD]を公表している。これは,CDが定期性預金や貯蓄勘定とは異なって譲渡性があるものの,その保有動機は定期預金の保有動機に近く,通貨の予備軍としての性格が強いからである。

マネー・サプライの重要性増大の理由

マネー・サプライが通貨の概念として重要性を増してきたのは,銀行組織を通ずる支払(決済)機能が一段と普及してきたためである。つまり貨幣経済における各種取引の支払(決済)が主として現金の授受で行われていた時代には,通貨moneyとは現金currencyを指していた。しかし小切手や手形が発達し,それらが各種取引に際しての支払手段となると,その取引の最終的な決済は当座預金相互の振替で行われるようになる。さらに小切手や手形を用いず,銀行に対して直接振替や送金を指図することによっても,要求払預金が支払(決済)手段として機能する。また継続的な支払(決済)は,料金自動振替,給与の預金振込み,クレジット・カードの定期的な決済などで行われるようになった。こうして現代では,支払(決済)手段としての通貨は,現金よりも要求払預金,つまり預金通貨によるほうが圧倒的に多くなってきた。したがって,各種の取引を反映した決済額の動向をみるためには,現金の動きだけをみていたのでは部分的にすぎることになり,預金通貨を加えた狭義マネー・サプライをみなければ適切な判断が下せないのである。このほか,通貨には価値保蔵手段という機能があるが,これも現代では現金をたんすや床下に隠して資産価値を保蔵する人は少なく,一般には定期性預金や貯蓄勘定などの準通貨の形で資産価値を保蔵する。したがって価値保蔵手段としての通貨という場合にも,現金のみではなく,広義マネー・サプライをみるほうが適切である。

マネタリズムとマネー・サプライ

経済理論の分野でマネー・サプライが脚光をあびるようになったのは,マネタリズムの主張に負うところが大きい。フリードマンは,アメリカの50年以上にも及ぶ時系列データを調べた結果,マネー・サプライ残高で名目所得を除した比率(通貨の流通速度)のほうが,財政支出で所得を除した比率(所得乗数)よりも安定していることを示し,名目所得に対する効果はマネー・サプライのほうが財政支出よりも安定しているとし,マネー・サプライ・コントロールのほうが財政支出政策よりも有効性が高いと主張した。その理論的根拠は,仮に財政支出によって所得乗数倍の名目所得の増加が生じた場合,その所得増加は取引動機に基づくマネー・サプライ需要の増加をもたらすので,マネー・サプライが一定であれば金利が上昇し,民間支出は減少して所得乗数倍の名目所得の減少をもたらし(これを〈押出し効果crowding-out effect〉と呼ぶ),最終的に名目所得が増えるのか減るのか,わからないという点に求められる。フリードマンはこの立場から,名目所得の増加率,ひいては物価の水準を安定させるためには,マネー・サプライ残高の増加率を実体経済の均衡成長率に見合った水準に安定させることが大切だと主張している。

金融政策目標としてのマネー・サプライ

金融政策の実践的立場からマネー・サプライが注目されはじめたのは,1970年代以降である。このころから先進国のインフレーションがいっせいに加速し,そのインフレ率も1けたの後半から2けたの間で大きく変動するようになった。これを反映して,人々の予想インフレ率も不安定で変わりやすくなった。理論的に考えると,中央銀行が名目所得増加率,ひいては最終的な政策目標である物価水準の安定を図るためには,金融政策の諸手段を駆使して中間目標である実質金利(名目金利-予想インフレ率)の水準,またはマネー・サプライ残高の増加率をコントロールする必要がある。ところが70年ころから人々の予想インフレ率が予測しがたいほど不安定に動きはじめたため,中央銀行は実質金利の水準を判定することが困難となり,中間目標としてマネー・サプライ残高の増加率を採用するようになった。現在,アメリカ,イギリス,ドイツ,フランスなどの各国は,M2やM3の年間目標増加率を公表しており,日本銀行も[M2+CD]の前年比予測値を毎四半期の初めに公表している。もっとも最近は,インフレ率が低下してきた反面,金融革新に伴って通貨需要関数が不安定となっているため,アメリカやカナダではM1を中間目標に加えないとか,実質金利にも注意を払おうという動きが復活する傾向にある。→金融政策

鈴木 淑夫