平凡社 世界大百科事典

ムスリム同胞団

20世紀エジプトで生まれたイスラム宗教社会運動の団体。サラフィーヤ(イスラム純化運動),正しき道,タサッウフの実現,政治団体,体育グループ,科学文化協会,企業体,社会的理想〉と規定した。公然活動のほかに秘密機関をもち,地下軍事組織をも建設した。

 第2次世界大戦後,首相,蔵相,警視総監ら要人の暗殺や爆破事件などテロ活動を組織し,反イスラエル・反英のシャリーアの実施要求やイスラエルとの平和条約への反対などについては政府に対して批判的に振る舞うことが容認された。この段階では,タクフィール・ワルヒジュラal-Takfīr wal-Hijra,ジハード団al-Jihād,イスラム集団al-Jamā`a al-Islāmīyaなど新世代の諸地下運動が生じてきて,それらからの批判と突き上げにさらされるようになったが,一方81年秋サーダート大統領暗殺事件前後の広範囲な政治弾圧のもとでは,その対象の一つともされた。しかし同胞団は企業活動・金融・教育・医療・福祉など多方面の社会活動を展開し,法律家,医師,エンジニアなどの諸職能組織に浸透して指導権を握るほどになっただけでなく,87年には議会にも進出した。地下の急進的イスラム運動に武力弾圧を加えてきたムバーラク政権は,93年以降は同胞団に対しても社会的規制と政治的抑圧を強化するようになった。利子を生む経済活動や酒類販売の禁止を要求するなどイスラム法の実施を目指すムスリム同胞団は,大衆のイスラム化と体制批判の包括的基盤となっているからである。

 1937年ダマスクス支部設立をはじめとして,同胞団はパレスティナ,ヨルダン,スーダン等,他のアラブ諸国にも拡大していったが,第2次世界大戦を通じて自立的組織となったシリアの同胞団は,そこでの一政治勢力としての位置を占め,シリア北部,ことにアレッポを中心に,エジプトとの統合への,次いでバース党体制への批判者となった。パレスティナ人の間では,ムスリム同胞団は,87年末からのインティファーダのもとでアフマド・ヤシーンを精神的指導者とするハマース(〈イスラム抵抗運動〉の略称)の運動へと展開した。

板垣 雄三