平凡社 世界大百科事典

メロエ

前6世紀ころから後4世紀ころまで,スーダン北部で繁栄した王国,またはその都を指す。遺跡はナイル川の第5急湍と第6急湍との間の東岸に位置する。20世紀初頭以来,幾度かの発掘調査により,広大な市街地と墓地とが明らかにされている。市街地の調査は一部がなされただけであるが,周壁に囲まれた王宮,アメン神やイシス女神にささげられた神殿,住居址などが発見されている。墓地は,市街地の東の丘陵上に営まれた。一般人は円墳に埋葬され,王族はピラミッドやマスタバ墳に葬られた。約50基残る王や王妃のピラミッドは,傾斜の急な独特の形をもつものである。メロエ王国は,エジプト第25王朝を興したヌビアのナパタ王国より発展したもので,ナイル川第4急湍下流のナパタにあった都が,メロエの地に移された時期からメロエ王国の名で呼ばれる。ヘレニズム文化の影響を強く受ける一方,古代エジプトの聖刻文字(ヒエログリフ)によく似た字形をもつメロエ文字を創始するなど,独自の文化を発達させたが,4世紀初めに,エチオピアのアクスム王国の攻撃を受け滅亡した。メロエ遺跡から,鉄器の出土例がきわめて多いことと,市街地周辺部に残る膨大な鉄滓の存在から判断して,鉄生産が非常に盛んであったことが推定される。

近藤 二郎