平凡社 世界大百科事典

リビドー

本来ラテン語で強い〈欲望〉を意味する語。性科学者モルA.Mollは,これを〈性衝動〉の意味,つまりリビドー・セクスアリスlibido sexualisの意味に限定して用い(1898),さらにS.フロイトによって精神分析理論の一核心をなすリビドー理論に導入されることになる。フロイトはこの用語をモルから借用したと述べている。フロイトのリビドー概念は彼の生涯の間で変遷した。初期の理論では,リビドーとは性的なエネルギー(その表現は多様な心的・身体的表現をとりうる)であり,〈自己保存本能〉(死の本能)との二大本能の対立を認め,エロスのエネルギーをリビドーと呼ぶと再定義した。このリビドーに対立するものとして考えられた〈破壊本能〉を指すラテン語はデストルドーdestrudoである。

 フロイトのリビドー概念は,たとえば自我リビドーが増せば対象リビドーが減るなどと考えるように,つねに量的な概念となっており,同時に水力学的,流体力学的なニュアンスを帯びた概念でもある。フロイトの初期の神経症論,性欲論,自己愛論は,ことごとくこのリビドーという中心概念に基づいて構成されてきたといえる。一方,C.G.ユングもリビドーなる概念を用いるが,ユングにとっては,リビドーとは精神的エネルギー一般を意味している。つまりフロイトは本能二元論を堅持したわけだが,ユングの見方は一元論に傾いたといえる。→欲動

下坂 幸三