平凡社 世界大百科事典

不作為

路上に倒れている病人を見捨てたまま通り過ぎるとか,立ち退きを要求されても住み慣れた住居から立ち退かないというように,現在の事実・事象に対して積極的に働きかける行動をとらず,それらの事実・事象を放置することを不作為という。外界に対して積極的に働きかける行動・挙動をいう〈作為〉とは対語をなす。

民法

民法上,作為を給付内容とする作為債務と不作為を給付内容とする不作為債務とでは,強制執行の方法が異なっており(民法414条),この点で作為・不作為を区別する実益がある。なお,民法の中の不法行為法の領域での議論において,作為による不法行為と不作為による不法行為とが区別されることがしばしばみられる。みずからが作り出した危険ではなく,他のものによって作り出された危険から他人に被害が発生することを放置したことについて責任が問われるとするならば,多かれ少なかれ,個人主義ないし個人の自由を尊重する立場とは抵触する。したがって,不作為不法行為については,作為不法行為の場合以上に,違法性の観点から作為義務の有無が議論の焦点となり,その成否が問題とされるのである。歴史的にみると,かつてはきわめて限定された場合にのみ不作為不法行為の成立が認められていたが,しだいにその成立範囲が拡大されてきている。作為義務が認められる場合としては,(1)法令が作為義務を規定する場合,(2)契約または公序良俗に基づいて作為義務が認められる場合などがある。もっとも,不法行為の場合,作為・不作為の区別は,理論的には単純明快であるけれども,現実のケースでは,それほど単純明快ではない。

新美 育文

不作為犯

不作為により構成される犯罪をいう。真正不作為犯と不真正不作為犯とがある。真正不作為犯とは,法が明文で不作為を犯罪として規定している場合をいう。現行刑法典は,たとえば,保護責任者が要保護者に対して生存に必要な〈保護をしない〉こと(218条後段。保護責任加重遺棄罪),要求を受けて住居等より〈退去しない〉こと(130条後段。不退去罪),解散命令を受けても〈解散しない〉こと(107条。多衆不解散罪)を処罰している。これに対して,不真正不作為犯とは,法が作為を予想している犯罪を不作為により犯す場合をいう。たとえば,母親が授乳しないという不作為により乳児を餓死させたとき,不作為による殺人罪が成立する。

 ところで,〈無から有は生じない〉ように,何もしないことより結果が発生するか(不作為の因果性)は疑問視されてきた。しかし,刑法上,不作為とは〈何もしない〉という単なる無ではなく,〈期待されたある行為〉をしないことである。このある作為をしていたならば,結果は発生しなかった場合には,その不作為により結果が発生したといえる。もっとも,ある作為をする可能性のある者すべてが不作為による作為犯として処罰されるわけでない。不真正不作為犯,作為義務(保障義務)を有する者がその義務に反して一定の行為をしなかったときに成立する。作為義務は,法律(民法877条による親の子に対する扶養義務等),契約ないし引受け(Aが病人Bを看護する契約上の義務を負う場合や看護を事実上引き受けている場合),先行行為(施錠して他人を部屋に閉じこめたことによる解錠の義務),条理・慣習より生ずる。

 また,作為の可能性のないときは不真正不作為犯は成立しない。海でおぼれている子を砂浜にいる父親が救助しなかった場合でも,父親が泳げなかったときは犯罪は成立しない。

 さらに,判例は,主観的要素を不真正不作為犯の成立要件の一つに挙げる。たとえば,自分が点火した神棚のろうそくが神符のほうへ傾いているのに気づいたが,火災になれば保険金をとれると思いそのまま外出した場合,あるいは,残業職員が仮睡後,使用していた火鉢の火が書類に燃え移っているのに気づいたが,自己の失策の発覚をおそれ,そのまま逃走した場合,〈既発の火力を利用する意思〉や〈建物が焼き尽くされることを認容する意思〉があるとして不作為による放火罪の成立を認めている。これらの判例に反対する学説も有力に主張されている。

堀内 捷三

行政法

行政庁が,法令に基づく申請に対し,相当の期間内になんらかの処分または裁決をすべきであるにもかかわらず,これをしないことを〈行政庁の不作為〉という。行政庁の不作為の状態が続くと,申請者は,いつまでも法律関係が不確定であるために,思わざる不利益をこうむることもある。そこで,行政庁の不作為に対してはなんらかの防止策ないし救済措置を必要とする。行政手続法6条は,許認可等の申請につき,通常要すべき標準的な処理期間を定め,かつそれを公にするように努力すべきことを行政庁に義務づけ,同法7条は,行政庁は申請がその事務所に到達したときは遅滞なく審査を開始しなければならない,と定めている。さらにまた,現行の諸法規によれば,一定期間行政庁の不作為が続いたときには,申請に対する承認があったものとみなすもの(例,青色申告の承認の申請。所得税法147条),逆に,申請に対する却下処分があったものとみなすもの(例,生活保護の申請の却下。生活保護法24条4項)などがある。したがって,後者の場合には,申請者は拒否処分があったものとして不服申立てや訴訟で争うことになる。

 上記のような,いわゆる〈みなし規定〉がない場合,行政庁の不作為に対しては,行政不服審査法7条により,処分をするべき不作為庁へ抗告訴訟〉の項参照)として,行政庁に対する作為の義務づけを求める訴訟が許されると説く見解もみられる。

宮崎 良夫