平凡社 世界大百科事典

品種改良

作物,家畜などの新品種を創出すること。〈改良〉という言葉が慣用的に使われているが,実際には創出というほうが近い。育種とほぼ同義語だがその定義にはかなり幅がある。育種が家畜や作物の遺伝的な改良を意味するのに対し,品種改良では環境条件の改善による生産性の向上をも含む広い意味で用いることが多く,一方,この語を既製品種の改良に限定して用い,新品種の作出は含まないとする場合もある。作物,家畜の生産は優良な品種を利用して初めて高い収益を上げることができるため,品種改良に対する期待はきわめて大きい。品種のもつ特性は遺伝によるものであり,厳しい栽培環境や,社会経済環境の中で十分威力を発揮するような新品種をつくるためには,多数の優良遺伝子を一つの品種の中に集積しなければならない。高等生物の作物,家畜では微生物と違って1世代が長期にわたるため,新品種を生みだすまでに長年月がかかるのが通例で,育種年限の短縮化が現在でも重要な課題となっている。

品種改良の歴史

新石器時代に入ると人類は野生の動植物を栽培,飼養することによって農耕を開始した。人類は農耕の進展に伴い,農耕具の開発,改良に努力を重ねる一方,対象とする生物を管理しやすく,またできるだけ生産性が高くて利用しやすい形状のものへ変えていきたいと念願したに違いない。幸い野生生物は遺伝変異を多く含んでいたので,好ましい性質を持つ作物,家畜の個体を選ぶと,かなり効率よく子孫にもよい遺伝質が伝わったと思われる。

 栽培化された作物,家畜は人類の交流によって世界各地に伝播(でんぱ)していった。新しく作物,家畜を受け入れた側からみた場合,これを導入育種という。日本の作物,家畜は一部を除いてほとんど導入育種から始まっている。イネを例にとると,イネは最も古い作物の一つで,前3800年代にインドですでに栽培されていたといわれる。また日本の栽培水稲は前1世紀のころ,中国大陸から北九州方面に伝えられたと推定されている。それから東北に向かってしだいに栽培されるようになり,8世紀の終りごろにはじめて奥羽地方に入り,13世紀の初めに本州の最北端まで広がった。北海道への伝播については1685年に函館付近で栽培された記録があるが,道内部への進出は1870年代に入ってからである。このような栽培地域の北進が可能となったのは,おもに早生(早熟性,収穫期が早いこと)の特性をもち,さらに耐寒性の強い新品種の選抜や作出があったからである。日本では1893年に国立農事試験場が設置されてから近代科学技術をもとにした品種改良が始まった。このころまでには,各地の篤農家が選抜した新品種が多く,愛国,亀ノ尾,神力その他の著名な品種が輩出している。国家規模での品種改良は,全国からこれら在来品種を集めて比較試験を行うことから始まり,各地方に適した優良品種の選定がすすんだ。1910年から純系選抜法を用いた分離育種法の適用が始まったが,その効果は著しく,その後約10ヵ年はこの方法によって優良品種がつくられた。一方,品種間交雑による品種改良は1904年から試みられ,その後,交雑育種がしだいに品種改良の主流になる。大部分は公立研究機関で改良が進められたが,30年代までは一部の民間育種も熱心に実施されてきた。1920年からは水稲と陸稲との交雑,72年からは外国稲との交雑(交雑成功率はあまり高くない)が始まった。現在は細胞・組織培養法による半数体育種が一部で実施され,さらに分子生物学の技術を利用した育種法が検討されている。

作物の品種改良

品種改良の方法

品種改良の手法はいろいろあるが,作物の品質改良におけるおおまかに手順は次のとおりである。まずすでにある品種の中から優良な供試材料を探索,収集する。たとえば特定の病気がまんえんしているときには,耐病性の新品種の作出が期待される。このような場合には国内,国外の広い地域からこの病気に対する耐病性遺伝子をもつ供試材料をさがすことから品種改良が始まる。また,遺伝変異は突然変異によって起こるので,有用な突然変異体をさがし出すのも一つの方法である。果樹などでは樹体の一部である枝や芽が,ときどき突然変異を起こしているので,この変異体(枝変りなどといわれる)をさがし,挿木,芽接などの栄養繁殖によって増殖,選抜し,新品種を作出する例が現在でも多い。

 収集の段階が終わると,供試材料の選定に入る。交雑を目的とする場合には適切な両親の選定を行う。この場合,片親にはこれまでの育成品種の中の優良品種あるいは実際の育種で親としてよい成果を上げた品種を選ぶ。もう一方の親にはとくに改良したいと思う性質(たとえば耐病性など)をもっている品種を選び,新品種には両親のよい性質が集まるように計画していく。また突然変異を人為的に誘起する場合には,新しい遺伝変異が加わることによって優良品種となることが期待されるような原品種を選定しておく。

 供試材料が決まると,次は遺伝的な変りものをつくり出す段階に入る。もっともよく用いられる方法は人工交配で,前もって選定しておいた交雑親の間の交配を人為的に行う。作物種によって人工交配の容易なものもあれば困難なものもある。ハクサイなどでは自家不和合性のため,ある品種間では交配種子ができにくいことがある。かんきつ類では種子の形成の過程で,受精卵以外の母親起源の細胞(珠心細胞)から無性的に生じた胚が旺盛に発育し,受精卵由来の胚の発育が抑えられる現象(多胚形成の一種)がある。この場合は交雑種子の選抜は困難となる。また,できるかぎり遠縁の品種や種間,属間の交雑を行って,飛躍的な改良品種をつくり出したい場合,普通の交配では交雑成功率がひじょうに低いことが多いので,交雑率を高めるくふうが必要である。そのため,細胞・組織培養を利用して受精卵の発育を促進したり,生殖細胞以外の体細胞を用いて,細胞融合や遺伝子工学の手法によって交雑を行う技術が開発されつつある。

 遺伝変異をつくり出すもう一つの方法として,突然変異を人為的に誘起させる方法があり,放射線や化学物質が用いられる。γ-フィールドはγ線をだす同位元素コバルト60 60Coを用いるために特別に設置された育種試験場であり,原子力平和利用の一つでもある。

 これら各種の手法により遺伝変異を起こした個体(群)は数多く作出されるが,その中で利用価値のあるものはわずかである。そこで新品種ができ上がるまでには,段階的に各種の選抜が行われる。育成者が自分で選抜を行う過程や,実際に栽培,飼育する地方で,適応性を調べる検定試験などによる選抜の過程などがある。実際の育種ではこの選抜の過程にもっとも多くの手間および費用がかかり,独自のくふうも必要とされる。

 遺伝変異の作出と選抜の方法も含めて,次のようないくつかの育種法が考案され利用されている。

(1)導入育種法 外国から供試材料を取り入れ,そのまま,あるいはいくらかの選抜を行った後その品種を普及に移す方法。

(2)分離育種法 栽培されてから長年月を経た在来品種や導入されたばかりの品種は,多少とも各種の遺伝子型が交じった雑ぱくな個体群を形成している。このような個体群の中から特定の形質をもつ個体(群)を選抜して,新品種をつくり出す方法。この中には純系選抜法,集団選抜法,栄養系選抜法などが含まれる。

(3)交雑育種法 イネ,コムギなど同一個体内の受精により次世代を増殖することのできる自殖性作物にもともと適用されてきた育種法。通常,異品種間の交配を行って後,いくらか世代がたってから,集団の中から毎年,系統・個体選抜を繰り返していく。こうして選ばれた新品種は,普及してから種子繁殖を繰り返しても均一性が長年月にわたって保たれている。この育種法には系統育種法,集団育種法,戻し交雑法などが含まれている。また,この交雑育種法は,異なった個体間の受精によって次世代を増殖させる他殖性作物にも利用される。果樹では交配によって得られた種子から次世代の樹体を数年かけて育て,樹体が大きくなったところで優良個体を選ぶ。ただしこの個体から種子繁殖させると次世代の個体群がひじょうに不均一になるので,増殖は挿木,接木などの栄養繁殖によって行う。こうすると均一で,品種としての条件を満たした多数の個体が得られる。

(4)雑種強勢育種法 トウモロコシや多くの野菜類などの他殖性作物に主として適用される。他殖性作物を無理に自殖させたり,近親交配をさせると自殖弱勢,近交弱勢を起こし生育が劣化する。逆に遠縁交雑を行うなどして雑種(ハイブリッド)の性質を残してやると,生育は旺盛となり生産力も高まる。そこでこの雑種強勢の性質をいかしながら,一方,栽培・利用上のおもな生物学的特性(形質)について,均一性を保つようなくふうをした育種法が雑種強勢育種法である。この方法には集団選抜法,一代雑種育種法,循環選抜法,合成品種育種法などが含まれる。アメリカのトウモロコシ生産を飛躍的に向上させたハイブリッド・コーンは,この方法によって育成されたものである。最近ではハイブリッド・ライスのように,自殖性作物のイネ,コムギその他について,雄性不稔などを援用した利用が注目されている。

(5)細胞工学育種法 生物の細胞,組織を能率的に操作して遺伝的な変異を拡大したり,選抜を効率よくすすめる育種法。従来は細胞遺伝学の知見をもとに交雑育種法を併用して,染色体ゲノムを倍加,置換する育種法(倍数性育種など)がバナナ,種なしスイカ,ライコムギなどの改良,創出に顕著な成果を上げてきた。最近では分子生物学や細胞・組織培養学の著しい発展に伴い,細胞,組織の培養技術を基礎とした半数体育成による育種過程の能率化や試験管内受精による新しい種属間の交雑など,着々と新育種法が開発されつつある。さらに組換えDNA技術による育種や,細胞融合による育種法など,微生物分野で著しい発展をとげた生物工学的手法についても,高等生物において精力的に研究されつつある。

品種の登録,維持,増殖

育成された新品種は育成者によって公表される。日本では国公立研究機関および民間育成者によって育成された新品種は,その諸権益を保護することを目的として種苗法に基づいて品種登録が行われる。そのうえで新品種が育成者の手で普及に移される。新品種が普及に移された後は,その品種の特徴が失われないように維持し,しかも農家の需要に応じてこれを急速に増殖し供給することは,育成者に課せられたもう一つの重要な任務である。日本では大面積に栽培される作物については国または地方自治体が原原種,原種,採種圃場(ほじよう)をつくって,品種の維持増殖を図っている。一方,たとえすでに農家の需要がなくなっても,その品種がもっている遺伝質は遺伝資源として人類の貴重な財産となるものであり,失わないように貯蔵管理が行われている。これを長年月にわたって効率的に行うための長期貯蔵は種子ではすでに実用化され,花粉,穂木,球根その他の繁殖体についても研究がすすめられている。

武田 元吉

家畜の品種改良

家畜の品種改良も作物の場合と根本的には変わるものではないが,家畜の繁殖が両性繁殖で,同一遺伝子型の個体を多数得ることが著しく困難な点や,次世代の数が少なく,1個体の経済的価値が高くて厳しい淘汰を行いがたいなど,育種をすすめるうえで不利なことも多く,実際上の手法には異なる点がでてくる。

 品種改良の方法として,遺伝的に優れた個体を繁殖用の種畜として選抜し,劣悪な個体を淘汰することで集団全体のレベルを高めることが最も古くから行われており,現在でも基本であることに変りはない。この選抜と淘汰は,対象形質の遺伝的変異についてのみ有効であり,昔はいわゆる鑑定眼を備えた人物が経験と勘に頼って行っていたが,最近では統計遺伝学の基礎に立って,形質に見られる変異がどの程度遺伝的なものであるかを計算して選抜の効果を予測したり,より適切な選抜方法を選んだりするようになった。選抜の基準として,生産性の高低を評価する後代検定が行われる。後代検定は殺さなければ判定できない形質(屠体(とたい)の成績)についても行われるが,遺伝子型の優劣を評価することになるので改良上の意義は大きい。

 次に重要なのが交配法で,これには大別して同系交配法と異系交配法の二つがある。前者は血縁的に近い個体どうしの交配で,もっとも極端な場合が,親子や兄弟姉妹間の交配,つまり近親交配である。この交配では遺伝子型の似通った者どうしが掛け合わされるので,子の遺伝子の組合せがホモ(同型)になる可能性が増し,形質は固定し遺伝が確実になる。しかし遺伝子のホモ化が進むと,環境への適応力が低下して虚弱となり,いわゆる近交退化の現象が現れる。後者は両親が別々の繁殖集団に属している,血縁関係の遠い個体どうしの交配で,子の遺伝子型はヘテロ(異型)化する。その結果,集団の遺伝的変異性が増大し,また雑種第1代には雑種強勢(ヘテローシス)の現象が認められる。異系交配の例としてはウシとヤギュウの雑種キャタロ(属間雑種)やウマとロバの雑種ラバ(種間雑種)なども作出され利用されているが,これらは繁殖力を欠いていて1代限りである。品種間の交配を一般に交雑といい,二つの繁殖集団のもつ遺伝子が一つの集団にもち込まれることになるので,新品種を育成する場合の遺伝的変異の豊かな基礎集団をつくるためにしばしば行われる。また品種改良のおくれた地域の家畜を改良種に置換する場合によく用いられる方法に累進交雑(貴化)という方法がある。これは未改良種の雌に改良種の雄を累代交配する方法で,代を重ねるごとに改良種の遺伝子が増加し,選抜,淘汰と組み合わせると数代後にはほとんど改良種と変わらないものになる。同一品種の中でも繁殖集団を異にする系統がつくられると,系統間の交配は異系交配となる。この場合,両親の近交の程度が進んでいるためヘテローシスが強く現れる場合が多い。ブタやニワトリなど繁殖用の種畜群と生産のための実用畜群がはっきりとわかれる家畜については,実用畜にヘテローシスを利用することが有利であるため,なるべくヘテローシスの強く現れる両親系統を選んでつくる雑種強勢育種法も多く用いられる。

 作物の品種改良には効果的に使われている人為突然変異育種法(倍数性育種も含む)は家畜では実用化されていない。ただ自然に起こった突然変異形質を選んで品種改良に利用した例としては,尾羽が換羽せず生涯のびつづける尾長鶏,四肢の短いアンコンヒツジ,後軀の形質に特徴のあるピエトレン種のブタなどの例がある。しかし最近では,遺伝子工学などの分野の研究が急速に進んでおり,将来はこれらの技術が家畜の品種改良に応用されることになるかもしれない。

 なお,カイコの品種改良については〈カイコ〉の項目を参照されたい。

正田 陽一