平凡社 世界大百科事典

欲動

S.フロイトによって用いられた精神分析的概念。本来ドイツ語のTriebの訳語であり,〈本能〉とも訳されているが,本能とは区別すべきである。フロイトは欲動を〈心的なものと身体的なものとの境界概念〉と述べ,心理学的な意識的体験としての〈欲求need〉や〈欲望desire〉に比して,生物学的な基盤を考慮した概念として用いる一方,〈本能〉よりは心理的な概念として用いている。彼は欲動を〈身体内部に由来し精神のなかに到達する刺激の心的な表象〉とも述べている。フロイトは欲動のうちもっとも基本的なものを〈原欲動Urtrieb〉と呼び,1920年ころまでは,〈自我欲動Ichtrieb〉(死の本能)を人間にとって基本的なものと考えるようになった。〈死の欲動〉について,フロイトの弟子たちの間に賛否両論を巻き起こし,その評価は一定していない。K.シュナイダーは欲動を分類して,(1)あらゆる体験に伴う欲動性,(2)身体的欲動(食欲,性欲,睡眠欲など),(3)心的欲動(権勢,成功,美,富など)としている。欲動は境界概念であるので,欲求あるいは本能として記述されていることとの関連が深く,マクドゥーガルW.McDougallの本能論も欲動論との関連において取りあげるべきものが多い。欲求は欲動が心的なものとして意識されたものと考えられる。

河合 隼雄