平凡社 世界大百科事典

民族自決

民族がそれぞれ政治的に独立し,みずからの政府をつくる権利。自決の主体が民族とされることから広義の自決権と区別され,また政治的共同体を目的とする権利であることから,文化的共同体としての民族性を保持する権利とも区別される。民族自決は,国際紛争の解決にあたって援用され,国際法における基本的権利のひとつとなっている。

 統治されるものが統治するものを決定する権利をもつ,という自決権の思想は,フランス革命に由来している。しかし,国際秩序の原則として民族自決が認められたのは,ベルサイユ条約(1918)が初めてであり,それ以前における民族自決とは,国際法上の権利というよりは,むしろナショナリズム運動のイデオロギーにとどまっていた。また,自決の主体が個々の民族であり,被統治者一般ではないことも,この条約で明らかにされた。ベルサイユ条約が民族自決の原則を適用したのは東欧地域に限られていたが,植民地独立運動が民族自決を正当化の論理に用いたため,本来は欧米の国民国家の概念であったこの権利も,世界的広がりをもつことになった。国連憲章,人権憲章をはじめとする民族自決の規定は,民族自決が地域的限定のない権利になったことを示している。

 民族自決は,国民国家を目的とする権利であるが,政治的意味は多様である。ナチス・ドイツのズデーテン地方併合にみられるように,民族自決によって国家の対外的膨張が正当化されることもある。アジア・アフリカ諸国において,独立後,国内の少数民族から民族自決の要求が発生した例も多い。このように,民族自決は国民国家の正当化にとどまらず,国民国家内部の民族の自決権の要請と,国民国家外部の民族主義的膨張の双方の正当化にも用いられる。民族の定義がすぐれて政治的問題である以上,この多義性を免れることはできず,国際紛争の解決も,この原則によって一義的に決定されるとはいえない。

藤原 帰一