平凡社 世界大百科事典

私生児

適法の婚姻によって結ばれた夫婦以外の関係から生まれた子どもが私生児であり,婚外子,非嫡出子とも呼ばれる。

ヨーロッパ

キリスト教が一般化する以前のヨーロッパでは,結婚制度そのものに不確定の要素が多かったから,当然私生児の定義も流動的であった。結婚は家と家との縁組であり,家系を維持・発展させるための重要な手段であったから,古代スパルタのように,家のよき跡継ぎを得るため,妻以外の女性との間に子をもうけ,それを夫婦の子として育てることが許容されていた例もあり,古ゲルマンの場合のように,有力家系においては複数の妻をもつことによって家門の繁栄をはかったケースも見られた。しかし,ヨーロッパ社会が,しだいに一夫一婦制へと向かい,古代末期以来のキリスト教の浸透がいっそうこの傾向を強めたことは疑いない。しかし,中世においても,なお伝統的な行動様式は根強く残っており,とりわけ貴族層においては,家の後継者を確保し,家門の隆盛をはかるため婚姻外の交渉をもつことが広く許容され,そこに生まれた私生児も,家門に連なる者として高い地位を与えられている例が多い。こうした風習はアンシャン・レジームにまで及んでおり,ルイ14世がモンテスパン夫人との間にもうけた私生児を重用し,王位継承権まで与えようとしたことはよく知られている。これに反し,平民の間では,一夫一婦制に基づく私生児の排除という社会的規範は,かなり強力に機能していたと見られる。とりわけ,ローマ・カトリック教会が,13世紀に,結婚を秘跡の一つと定めて監視の眼を光らせ,また16世紀半ばのトリエント公会議以降は,カトリック宗教改革の一連の動きの中で全面的に規律の徹底をはかったことから,私生児は差別の対象として厳しく排除されることとなった。とくに農村では,村の司祭や共同体の監視の眼は厳しく,フランスでは私生児の率は1%に満たない地方が多く,イギリスでも18世紀半ばまでは5%を超す例はまれであった。しかし,この数字には,都市に出て出産するケースを考慮に入れねばならず,都市における私生児の率をそれだけ高くしていたといえよう。実際,都市においては,私生児の率が10%を超える例もしばしば見られた。私生児が生まれる最も多いケースは,ブルジョアや商人の家庭における主人と召使の関係であるが,こうして生まれた私生児は,ときに里子に出され,ときには棄児(捨子)とされて,闇に葬られることが多かった。生きながらえても社会的差別の対象となり,村外れの掘立小屋に住んだり,結婚も私生児同士でなければできないといった事例も目につく。フランスでは,18世紀の末葉より,農村地帯でも私生児の率の上昇が認められ,また港町や手工業都市では,労働者同士の同棲による私生児の誕生という,新しい現象が認められる。これは,アンシャン・レジーム末期に始まるキリスト教からの離脱現象の表れであり,こうした傾向は革命期を経て19世紀の都市社会において,急速に強まることとなる。

二宮 宏之

日本

日本の社会においても伝統的に嫡出子と私生児の区別は厳格であり,私生児は嫡出子と異なるさまざまな名称でよばれていた。一般的に私生児はテテナシゴ(父無し子),つまり父のいない子と呼ばれることが多かったが,このほかに地方によってはホマチゴ,シンガイゴ,ホリタゴ,ヨクナシゴ,ネコダ,ツボッコ,ヒロイッコ,ミシケゴ,テンドコ,マツボリゴなどと呼ばれた。このうちホマチ,シンガイ,ホリタ,マツボリは開墾地やへそくり(臍繰)など私的な財産を意味することばであるから,ホマチゴ,シンガイゴなども公には認められない私的な子を意味していた。ヒロイッコという表現もどこからか拾ってきた子を意味するから,嫡出の子とは厳格に区別した表現とみられる。

 私生児とはもともと法律用語であって,入籍していない夫婦の子どもを意味したが,この概念は必ずしも人々の考える私生児とは一致していなかった。たとえば,かつての飛驒白川郷の大家族において,長男以外の子どもは法律的にはすべて私生児であったが,この地方で私生児を意味するシンガイゴにはこれらの子どもは含まれなかった。シンガイゴが意味したのは旅の男との間にできた子どものみであった。したがって白川郷の大家族における次・三男以下の妻訪い婚は,法律的には婚姻とは認められなかったが,人々は社会的に正式の婚姻として承認していたのである。したがって法律用語としての私生児は日本人が伝統的に考えてきた私生児よりも,ずっと広い意味をもっていたのである。

上野 和男

未開社会

婚姻には社会的承認を必要とすることはあらゆる民族に共通した条件であるが,社会構造の差異によって私生児の処遇には違いがあり,必ずしも一律ではない。サモア諸島では私生児は社会的になんら差別をうけない。子どもにはそれぞれその成長段階に応じて果たすべき社会的役割や仕事が積極的に与えられ,それを十分に果たすか否かが子どもに対する評価であって,嫡出,非嫡出の差はほとんど問題とされない。反対にサンはかなり厳しく性道徳が守られている社会で,結婚前の性関係はまれである。したがって私生児を生むことは大きな恥とされ,万一結婚前に妊娠すると,恥をさらさないために生まれた子を生埋めにすることもある。

 私有財産制が生まれてはじめて,その相続をめぐって子どもの嫡出性が問題にされるようになったとする見解もあるが,相続の対象となるような物的装備がきわめて小さいサンの例はこれに対する有力な反証になろう。また,子どもが母親の氏族の中で生まれ育ち,嫡出でない子

野口 武徳