平凡社 世界大百科事典

裁判規範・行為規範

裁判規範とは,裁判官が紛争解決のためにしたがうべき準則である。これに対して,行為規範は一般社会における人間間の行為を規律する規範である。たとえば〈殺すなかれ〉〈盗むなかれ〉のような道徳規範や,また習俗,マナーなどは行為規範である。一般に,規範は,人に一定の行為を命令しまたは禁止すると考えられるが,裁判規範が裁判における裁判官に一定の行為の命令または禁止を指令するのに対し,行為規範は社会生活における通常人に一定の行為を命じまたは禁ずるものである。裁判規範と行為規範を区別することは,法規範の性格を理解するために重要である。法規範が行為規範としての性格をもち,少なくとも間接的には社会生活を営む人々の行為基準となっていることは確かである。たとえば交通取締規則などを考えてみれば,法規範が社会生活を営む人々の行為の基準(=行為規範)の性格を有することが理解される。しかし同時に,法規範は基本的に裁判官に対して向けられた規範であることを見過ごすことはできない。また法規範の中には,裁判規範と考えなければその意義が不明なものも存在する。たとえば民法754条は,〈夫婦間で契約をしたときは,その契約は,婚姻中,何時でも,夫婦の一方からこれを取り消すことができる〉と定めているが,これは,夫婦間の約束はいつでも破棄しうるというものであって,とうてい社会生活上の行為規範とは解しえない。そこでこの規定は,夫婦間の契約についての争いは裁判所が取り上げるべきではないことを裁判所に対して指令したものと解されている。このように法規範は裁判規範の性格と行為規範の性格を合わせもっている。ただこの場合,裁判規範と行為規範のどちらを基本として法規範の性格を考えるかについては意見が分かれている。

桂木 隆夫