平凡社 世界大百科事典

調和

江戸前期の俳人。姓は岸本,名は友正。通称は猪右衛門。陸奥岩代の人という。30歳前後から江戸住。初め安静門,のち未得に従う。1668年(寛文8)以前すでに宗匠として立っており,76年(延宝4)ころ《石亀集》を編んだが未刊,79年に《富士石》を上梓,以後貞享初めまでに《金剛砂》《題林一句》《ひとつ星》などを刊行,大名,旗本らの多数を擁して,その勢力を誇示した。その後は活動の分野を〈正風体を主張した《つげのまくら》を刊行したが,俳壇の主流とはなりえなかった。他に俳諧撰集として《夕紅(ゆうくれない)》《面々硯(めんめんすずり)》などがある。晩年の動静は《梅の露》《把菅(たばねすが)》《是迄草(これまでぐさ)》などに知られる。正徳5年10月15日没。句集に《俳林不改楽》,追善集に《続俳林不改楽》などがある。〈題喜 春雨や三日といふ夜星一つ〉(《俳林不改楽》)。

石川 八朗
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調和

事物や事象の全体的な均衡の美を表す観念で,古代ギリシアに淵源する。ギリシア語ハルモニアharmoniaは元来,大工仕事で建材の各部をたがいに嚙み合わせて,ぴったり接合することを意味した。その後比喩的に転用されて,一致,協力,和合などの意味を持つようになった。この言葉に哲学的な意義が付与されるようになったのは,音楽の生み出す魔術的な効能にひきつけられ,音楽的調和の観点から宇宙論を展開したピタゴラス学派によるところが大きい。彼らによれば,恒星天や諸惑星はそれぞれ固有の周期で世界の中心のまわりを回転するが,その際これらの星はおのおの回転速度に対応する音を奏で,これらの音は全体として霊妙な楽音をかもし出すとされた。彼らはこれを世界の調和と名づけた。調和の観念のこのような宇宙論的含意はプラトンによってさらに継承・発展させられ,ヒッポクラテス学派やストア学派の思想にもその反響をはっきりと読みとることができる。だがアリストテレスはこの観念を厳しく論難した。そのため,アリストテレスの哲学が支配したヨーロッパ中世ではほとんど顧慮されることがなかった。しかしルネサンスの時代になって,プラトンやピタゴラス学派の思想が原典を通して詳しく理解されるようになるにつれて,調和の観念は再び脚光を浴びるようになった。とりわけケプラーは,その主著のひとつが《世界の調和Harmonice mundi》(1619)と題されていることからもうかがえるように,世界の調和の観念を基軸に据えて,コペルニクスの太陽中心説を独特の仕方で展開した。→和声

横山 雅彦