平凡社 世界大百科事典

配位子場理論

金属錯体中の中心金属イオンと配位子との相互作用を取り扱う理論の一つ。この相互作用を純粋な静電結合とする立場の結晶場理論に共有結合性を考慮にいれて修正したものであるが,区別せずに結晶場理論を同じ意味に取り扱うこともある。すなわち中心金属イオンは陽イオンであるとし,それをとりまく配位子はすべて負の点電荷であると近似し(中性配位子でも双極子の負端が中心金属イオンの方向に向いていると考える),その電荷による静電場(これを結晶場crystalline fieldと呼ぶ)におかれた中心金属イオンの電子のエネルギー準位がどのようになるかを考え,配位子の電子軌道が金属イオンによって受ける影響は無視するのが結晶場理論である。いわば配位結合を静電結合として取り扱っている。その結果を遷移金属錯体に適用してみると,定性的にはきわめてよく現実を説明することができる。しかし,定量的にはある程度のずれがあり,これを現実と一致させるためには中心金属イオンと配位子との間に共有結合性を考慮にいれなければならなくなってくる。このようにして静電結合に共有結合性が加わった配位子の中心原子に対する相互作用を配位子場ligand fieldと呼び,配位子場による中心金属イオンの電子のエネルギー状態を考察するのが配位子場理論である。遷移金属イオンのd軌道(

の5種類がある)のエネルギー準位は,自由イオンすなわち錯体をつくらないで,まわりに配位子がないときは5重縮重(5種の軌道がすべて同じエネルギー値をとる)しているが,配位子場理論によると,中心金属イオンと配位子が結合して錯体をつくるとき,その錯体のもつ対称性および配位子場の強さに応じて縮重が解け,その状況が変わる。たとえば八面体形6配位,四面体形4配位,平面形4配位などの錯体では,図のようなエネルギー準位になる。つまり5種の軌道のとるエネルギー値が同じではなくなる。このときのたとえばt2g軌道とeg軌道とのエネルギー差10Dqを配位子場分裂エネルギーといっている。

 遷移金属イオンは,不飽和d殻すなわちd軌道に電子の入っていないd0あるいは完全につまってしまったd10ではなくて,dnn=1~9)のような電子配置をとることが多く,したがって遷移金属イオンが錯体をつくるとき,それぞれの配位形式に応じて上記のような配置の軌道にd電子が分布する。このときどこかに必ず電子の入っていない軌道があり,入っている軌道との間に電子遷移を生ずることになる。この電子遷移(d-d遷移)が原因となって光吸収が起こるとき,可視部に吸収帯(配位子場吸収帯)を生ずることが多く,その結果,遷移金属の化合物に着色しているものが多いことになる。そして中央イオンが通常の酸化状態にある配位化合物では,配位子の種類に応じ吸収帯の波長域が推移することが見いだされており,これを分光化学系列と呼んでいる。そのほか,この理論によって金属錯体の磁性をはじめとする各種の性質あるいは反応性などをうまく説明することができる。

中原 勝儼
図-配位子場理論
図-配位子場理論