平凡社 世界大百科事典

音素

語の意味を区別する音声の最小単位。人間が言語の伝達において発する音声は多種多様であるが,ひとつの言語で聞き分けられる音声の型すなわち音素の数はほぼ一定している。この音素の規定は1930年代から40年代にかけて言語学の主要課題であった。音素については,これを具体的音声から抽出された音声概念とするポーランドの言語学者プラハ言語学派の音韻論は,語の知的意味を区別できる音声的相違すなわち音韻的対立phonological oppositionに基づき音素を分析すべきだと主張した。すなわち,より小さな連続した単位に分解できない音韻的対立の項が音素と見なされる。例えば,日本語で〈鯛〉[tai]と〈台〉[dai]という語を区別しているのは,子音の[t]と[d]である。これら音声はさらに小さな連続的単位に分解できないから音素である。同じく[tai]は〈パイ〉[pai]と〈才〉[sai]とも音韻的対立をなすので,それぞれ/p/,/s/という音素を取り出すことができる(音素は斜線/ /にはさんで表記される)。いまこれら音素の音声的特徴を下記に比べてみる。

 /t/ 無声・歯茎・閉鎖音

 /d/ 有声・歯茎・閉鎖音

 /p/ 無声・両唇・閉鎖音

 /s/ 無声・歯茎・摩擦音

 音素/t/と/d/を区別しているのは〈無声〉と〈有声〉という音声特徴であることがわかる。このように音韻的対立を可能ならしめる音声特徴を弁別的素性もしくは示差的特徴distinctive featuresという。/t/と/p/の対立から〈歯茎〉と〈両唇〉,/t/と/s/の対立から〈閉鎖〉と〈摩擦〉という弁別的素性を取り出すことができる。そこで,音素/t/は〈無声・歯茎・閉鎖〉という弁別的素性から構成されていることになるので,R.ヤコブソンは〈音素は弁別的素性の束〉であると規定するにいたった。これに対し,アメリカの音韻論

小泉 保