平凡社 世界大百科事典

鳥羽天皇

第74代に数えられる天皇。在位1107-23年。父は堀河天皇,母は女御(贈皇太后)苡子(藤原実季女)。諱(いみな)は宗仁。誕生の年に立太子,1107年(嘉承2)堀河天皇が没し即位。藤原忠実が摂政となる。13年(永久1)元服。23年(保安4)祖父白河法皇の意志で第1皇子顕仁親王(崇徳天皇)に譲位。崇徳は鳥羽の中宮璋子所生であるが,実は白河の子といわれる。29年(大治4)白河法皇が没して以後は崇徳,近衛,後白河の3代にかけて六勝寺など盛んな造寺・造仏や熊野詣,平氏一門の重用,強訴の横行などはその延長線上にある。また鳥羽に疎外された崇徳上皇の不満,璋子(待賢門院)・得子(美福門院)両后派の対立,摂関家の内紛,源・平武士団内の対立などがからみ,不安な政情を内包していたが,鳥羽が没すると直ちに保元の乱が起こった。陵は京都市伏見区の安楽寿院陵。

黒板 伸夫