平凡社 世界大百科事典

宋教仁

中国の政治家。湖南省桃源の人。字は遯初(とんしよ),号は漁父。辛亥革命に活躍し,胡瑛,覃振とならべて〈桃源三傑〉といわれる。1903年(光緒29)秋,黄興らと長沙で華興会を創立,翌夏に武昌で組織された科学補習所にも参加し,革命に身を投じた。のち日本に亡命,中国同盟会の成立に際しては,彼の刊行していた《二十世紀之支那》誌が機関誌に擬せられたことからもうかがえるように,重要な役割を果たした。在日時の活動は多岐にわたるが,とりわけ08年に《間島問題》を著して間島が中国領であることを証明したことは特筆に値する。帰国後,上海で《民立報》を刊行して世論の醸成に努め,また中部同盟会を組織して蜂起を図った。武昌蜂起後は法制の整備と政党政治の確立に心血をそそいだが,彼の率いる国民党の勢力をおそれた袁世凱の手により13年3月暗殺された。北一輝が《支那革命外史》で譚人鳳(1860-1920)とともに宋教仁を高く評価していることは注目される。

狭間 直樹