平凡社 世界大百科事典

ソロモン[諸島]

南西太平洋,メラネシアの独立国。

自然,住民

独立国としてのソロモン諸島は,地理上のソロモン諸島のうち,北部のブカ島とブーゲンビル島(いずれもパプア・ニューギニア領)を除いた島群で構成され,南緯5°~12°,東経155°~170°の海域に,ブーゲンビル島の南端からサンタ・クルーズ諸島まで,北西から南東方向に2列の島列をなす。ショアズール,サンタ・イサベル,ニュージョージア,ガダルカナル,マライタ,サン・クリストバルの主要6島をはじめ,山がちの火山島が多く,その他多くの小さな環礁,隆起サンゴ礁がある。最大の島はガダルカナル島。気候は高温多湿で,4~11月に南東貿易風が卓越し,年降水量は3000~3500mmで,日中の気温は26℃以上に達する。島々は熱帯雨林におおわれて有用材も多いが,動物相は貧弱で,海岸部ではココヤシ栽培が盛んである。レンネル島でボーキサイト鉱の埋蔵が確認されているが,未開発である。周囲の海は水産資源にめぐまれ,とくにカツオ漁が盛んである。

 住民の約94%がメラネシア人で,ポリネシア人は4%にすぎない。このほか,おもにキリバス(ギルバート諸島)から移住したミクロネシア人,中国人,ヨーロッパ人が若干いる。人種的にみて,メラネシア人は中等身で縮毛,波状毛,広鼻をもち,皮膚は黒色から明褐色まで変異がある。ポリネシア人は東部の離島に居住する。メラネシア人の大部分とポリネシア人は,アウストロネシア語族に属する言語をもつが,一部の島(ニュージョージア,ラッセル,サンタ・クルーズなど)では,非アウストロネシア語(パプア語)を話す人々がいる。最も人口稠密な島はマライタ島で,全人口の25%が集中する。住民はタロイモ,サツマイモなどの栽培を中心とする焼畑農耕民で,海岸部やサンゴ礁島では漁労も盛んである。人口50~200人規模の村落を基盤として生活を営み,村にはビッグマンとよばれる首長がいる。村ごとに男子集会所や秘密結社があり,祖先霊崇拝や成人式儀礼を行う中心的役割を果たす。精霊信仰も盛んであり,マナとよばれる超自然的存在に対する信仰が顕著である。かつて行われた首狩りの風習もマナ信仰に関連がある。貝,イヌ,イルカ,羽毛などを用いた伝統的通貨が用いられてきた。

秋道 智弥

政治,経済

1568年にスペインの航海者メンダーニャがヨーロッパ人として初めてこの諸島を発見したが,彼が旧約聖書のソロモン王の財宝を捜し求めていたことから,ソロモン諸島と呼ばれるようになった。1870年代になって,フィジーやオーストラリアの農園のための労働者狩り(ブラックバーディング)が行われ,イギリスはその対策として93年に諸島南部の保護領化を宣言した。その後ドイツとの境界線画定協定などにより,1900年までにブーゲンビル島,ブカ島を除く北部も保護領に編入された。第2次大戦ではガダルカナル島を中心に日米の死闘の場となった。1945年には主都が,戦火で破壊されたトゥラギ島のトゥラギからガダルカナル島のホニアラに移された。76年に自治領となり,78年7月7日,イギリス連邦の一員として独立した。イギリス国王を元首とする立憲君主制で,名代の総督が任命される。一院制の国会(定員47,任期4年)があり,18歳以上の全国民が選挙権をもつ。80年の独立後初の総選挙で統一党が勝ち,P.ケニロレアが自治政府時代から引き続いて首相になった。81年に不信任案が可決され,人民同盟党のS.ママロニが首相に就任したが,小党分立のため政局は不安定で,首相が度々交代している。政党組織が弱く,地域対立や人脈中心の小党分立なのは,多言語,地域主義のパプア・ニューギニア,バヌアツのようなメラネシア国家に共通している。

 貨幣経済は首都ホニアラとその周辺のみで,国民の80%は農村,漁村に住んで自給自足の生活を送っている。国家財政は先進国からの援助と国債の発行に頼り,一方で輸出振興のため免税措置をとったので,90年代後半には慢性的な赤字状態に陥った。輸出産業は漁業と林業で,ソロモン諸島政府と日本のマルハ(旧,大洋漁業)との合弁企業ソロモン・タイヨーはノロ港を中心に従業員2000人を雇用,カツオ,マグロ漁と缶詰工場で外貨取得に貢献している。国営の漁業開発会社も冷凍魚を輸出している。丸太材はウェスタン州,ショアズール州などからおもに日本,韓国に輸出されるが,90年代半ばには乱伐による環境破壊が表面化してき,木材管理法が検討されている。

 日本は1980年から代理大使が常駐し,94年に大使館が設置された。日系ホテルも進出し,ソロモン・タイヨー,国際協力事業団,海外青年協力隊など約250人の在留邦人がいる。

青木 公