平凡社 世界大百科事典

宋時烈

朝鮮,李朝の文臣,儒者。字は英甫。号は尤庵,華陽洞主。忠清南道恩津の人。老論派の領袖で4代の王に仕え,官は左議政に至る。孝宗(在位1650-59)のとき,王意を承けて,軍事力を整備し清に対する北伐計画を推進した。顕宗(在位1660-74)時代以後,激しい党争の中で浮沈し,1680年南人派が一掃されると政権をとったが,西人派中の少壮派である少論と対立し,再進出した南人派の政権によって済州に流され,さらに井邑に移されて賜死した。李珥(栗谷)の学統を継ぐ金長生・金集父子の門人で,朱子学研究に没頭し畿湖学派の主流をなした。李滉(退渓)の四端七情理気互発説を排撃するため《朱子言論同異考》を著し,礼論にも明るく,権尚夏など多くの学者を養成した。著書に《宋子大全》《朱子大全劄疑》等がある。諡号(しごう)は文正。

山内 弘一