平凡社 世界大百科事典

社会民主主義

社会民主主義は,通例非マルクス=レーニン主義的な社会主義の意味で用いられることが多いが,その積極的意味づけは必ずしも明確でない。その理由としては,社会民主主義という言葉が現実政治においてきわめて党派性の濃い概念として用いられてきたこと,またこの言葉の意味が歴史上幾度かの変遷を経てきていることが挙げられよう。

第1次大戦前の社会民主主義

一般に19世紀中ごろまで,民主主義と社会主義とは密接な関係にあった。西欧市民革命における急進派のイデオロギーであった民主主義は,その後初期社会主義者によって継承されたからである。こうした背景の下に,社会民主主義という言葉を組織名称として用いた最初の例は,1848年フランスの二月革命後にルドリュ・ロランを支持したグループであったといわれる。その後,ラサールによって創設された全ドイツ労働者協会は1865年に《社会-民主主義者》という名の機関誌を創刊している。この名称は1848年の伝統を継受すると同時に,政治的民主主義ばかりでなく社会問題をも重視するという彼らの立場を表すものであった。同様にドイツにおけるマルクス派の組織は最初社会民主労働者党と名のり,ラサール派との合同を経て1890年にはドイツ社会民主党と改名するに至っている。1889年に結成された第二インターナショナル(インターナショナル)に加盟した各国の組織の多くも社会民主主義の名称を採用していた。それゆえ,これ以降第1次大戦に至るまで社会民主主義は,第二インターの指導原理であるマルクス主義の運動の意味で用いられていたのであり,それはロシア社会民主労働者党に属していたレーニンにとっても同様であった。

第1次大戦後の社会民主主義

大戦勃発に際してのドイツ共産党の成立という一連の事態は,社会民主主義という言葉に決定的な変化を及ぼすこととなった。これ以降,社会民主主義はマルクス=レーニン主義(共産主義)と対立する社会主義運動の潮流を意味するものとなり,しかも共産主義者によって蔑称の意味で用いられたからである。社会民主主義の理論としてしばしばベルンシュタインやフェビアン主義,さらにカウツキーやヒルファディングの思想が引合いに出されるが,社会民主主義はあくまでもマルクス=レーニン主義以外の潮流の総称として用いられたのであって,何らかの統一的思想体系があったわけではない。しかし,一般に社会民主主義者と呼ばれた人たちは労働組合や議会主義をとおしての資本主義内部における改革や社会主義への平和的移行を重視し,非合法的活動を抑圧する傾向にあった。そのため,共産主義者は大戦中およびそれ以後,彼らの態度を改良主義あるいは日和見主義として非難したのである。

現代の社会民主主義

第1次大戦中に事実上崩壊した第二インターのうち非マルクス=レーニン主義的な潮流に属する政党は,1923年に社会主義労働者インターを結成し,さらに第2次大戦後は国際社会主義者会議(ユーロコミュニズム,社会民主主義側におけるフランス社会党の〈自主管理社会主義〉の提唱など,従来の対立の枠を超えた新たな社会主義像構築の試みが,なされつつある。

日本における社会民主主義

日本で社会民主主義という言葉を組織名称として最初に用いたのは,1901年に結成したが解散させられた社会民主党である。その後,第1次大戦後の西欧社会主義運動の分裂を反映して,日本においても社会民主主義は共産主義以外の社会主義的潮流に対する蔑称として用いられるようになった。革新勢力における正統マルクス主義の伝統が強く,西欧とは異なって社会主義政党が与党になる機会のほとんどなかった日本では,社会民主主義は共産党以外の革新運動にとってさえマイナス・シンボルとして機能する傾向が強い。他方,民主社会主義という言葉は,日本ではもっぱら民社党がみずからの立場を指すために用いることが多い。

亀嶋 庸一