平凡社 世界大百科事典

クモ

古来クモという動物は,いろいろの意味できらわれてきた。クモの姿が毛むくじゃらで,いかにもグロテスクに見え,また猛毒があると思われていたため,妖怪変化の動物とみなされ,戯曲や狂言に悪魔の化身として登場するようになった。またクモが虫を捕獲するしぐさが,残忍だということから陰惨な動物と思い込まれ,忌みきらわれるようになった。さらに古くからの言い伝えで,クモは人にかみつき,危害を与えると信じている者が,今日でもなお多くいる。しかし研究が進んでクモの全容がしだいに明らかになると,なんにもしない人にクモがかみつくことはないし,また一般に人を殺すような毒などもっていないことがわかってきた。そればかりでなく,クモの習性を生かして人に役だたせる実験も始められるようになり,世界各地でこの方面の研究が本格化されてきた。

 クモは漢字で蜘蛛と書くが,その語源は,網に餌がかかったのを知り,駆けつけ誅(ちゆう)して食する虫ということから出たと考えられている。また和名でクモというのは,アシダカグモの漢名の喜母(きも)の読みから出たものであろうといわれる。クボ,コブ,クバなどいろいろな地方名がある。

分類

蛛形(ちゆけい)綱(クモ形綱ともいう)真正クモ目Araneaeに属する節足動物の総称。真正クモ目は,大きく古疣(こゆう)亜目,原疣亜目,新疣亜目の3亜目に分けられる。

 古疣亜目Archaeothelaeには,古代に栄えたクモがこれに入る。3科が含まれ,その中の2科は,すでに絶滅し化石のみが見られる。現在ではキムラグモ科(ハラフシグモ科)が唯一のもので,進化の過程のなごりをいくつかもつ。腹部に体節から変化したと考えられるキチン板があり,糸疣(しゆう)の位置が腹部下面の中央にあり,数は7~8個,書肺は2対,地中に穴を掘って生息するなどの特徴をもつ。分布はアジアに限られ,日本ではアシダカグモ科,アワセグモ科,シボグモ科,イヨグモ科,ヒトエグモ科,ワシグモ科など14科のクモがいる。

形態と機能

クモの体は頭胸部と腹部の二つの部分から成り立つ。頭胸部を背面から見ると,前縁部にふつう8個の単眼が配列され,中央部に中窩(ちゆうか)というくぼみがある。頭胸部を腹面より見ると,大あご,きば,下あご,上唇,下唇などの口器がある。口器側部より1対の触肢(しよくし)が出ている。雄の触肢の跗節(ふせつ)は膨れ,その部分が交接器になっている。胸板はクモの種類によっていろいろの型をもつ。これを取り囲むように4対の歩脚がついている。腹部はふつう柔らかいものが多いが,トゲグモのように,キチン化されているものもある。腹部を腹面より見ると,書肺気門,気管気門,胃外溝,生殖器口,糸疣などが見られる。クモは体外消化を行うため,消化器官は体内消化の方法をとる動物と異なっている。

 クモはまず消化液をきばを通して餌物に注入し,消化されつつあるものを吸い込み,さらにそれに下顎(かがく)腺と中腸から出る消化液を加えて,完全に消化させる。クモの循環器官は管状の心臓と,その周囲にある囲心囊からなる。囲心囊は血液を再吸収する働きをもつ。

 呼吸器官は書肺と気管で,開口式呼吸系なので,酸素は直接に書肺や気管を通って組織細胞まで送りこまれる。感覚器官には嗅覚(きゆうかく)をつかさどると思われる琴形器と跗節器官,聴覚は聴毛(ちようもう)で感じとられる。視覚は6~8個の単眼による。感覚中枢からはっきりとした視神経がそれぞれの単眼に出ている。

 前列中眼は発生の過程で頭部第1節からできた眼で,後在杆状体眼(こうざいかんじようたいがん)と呼び,タペタムtapetumと呼ばれる光の反射層をもたない。前列側眼,後列中眼,後列側眼は発生の過程で頭部第2節からできた眼で,前在杆状体眼と呼びタペタムをもっている。このタペタムの有無はクモの昼行性,夜行性に深い関係をもっている。感覚中枢よりそれぞれの口器に味覚神経が出ているので,かなり味がわかるものと思う。排出器官は脚基部腺とマルピーギ管とからなる。紡績器官はクモ独特のもので,8種類の紡績腺からなる。しかしすべてのクモに,この8種の紡績腺が全部あるわけではなく,クモの科や性別によりその種類や数が違ってくる。生殖器官は腹部の基部にあり,成体になって固有の形態となる。しかし雄においては,このほかに触肢の跗節が変形し,精液の受渡しに使用される。

生態

主食は生きている虫類で,まれに花や人工飼料,湿った脱脂綿のかたまりを口にもっていくことがあるが,これは水分を吸うためである。

生殖

クモの雄は求婚に際して,奇想天外な行動をとる。例えばフシギキシダグモPisauramirabilisの求婚は,雌の好む餌を持参し雌の歓心を買う。また雄が前脚で雌の前脚を軽くたたき,その刺激で動けなくさせて目的を果たすクサグモAgelena limbata,トサカヤミイロカニグモXysticus crisiatusなど。さらにナゲヤリコモリグモLycosa amentataやカナシミコモリグモL.lygubrisなどのように,雄が触肢を雌の面前で上下左右に手旗信号のようになんべんも繰り返しふり,そして雌の納得を得て初めて交尾態勢に入るのもいる。さらにまたオオジョロウグモNephila maculataのように,雄が雌の1/5しかないものでは,交尾のチャンスは雌が餌を食べているときしかない。そのために交尾期になると雌の周辺には,数匹の雄がある距離をおいて集まり,ひたすらその機会を待つ。

獲物のとり方

クモが餌をとらえる方法も,ふつうの網でとるもののほか,池の端で2本の前肢で水面をたたき,浮上してくる小魚をつめでひっかけて釣るハシリグモDolomedes triton,網を4本の前肢でささえ,下を通る虫の上にぽいとかぶせるメダマグモDinopis spinosa,粘球を糸の先にぶら下げ,これをぐるぐる回して,通過する虫に投げかけるナゲナワグモMastophora bisaccata,花の上に脚を広げて静止し,虫が触ってもじっとしていて,虫が安心してみつを吸い始めると,がばっととらえるハナグモMisumena tricuspidatusなどのように多種多様である。

クモの巣

クモの種類が異なれば,網の形も異なる。円形網はオニグモ,コガネグモ,アシナガグモなどの仲間が張る。扇状網はオウギグモで三角形である。棚状の網を張るタナグモ,クサグモは,その網が霧の濃いときなど銀色に輝いて美しい。かご状の網を張るのはヒメグモ,ユウレイグモ,イトグモなど。じょうご状の網を張るのはジョウゴグモの仲間。わん状の網を張るのはサラグモ。天幕網を張るのはハグモなどと網の種類は多い。これらの網を構成するすべての糸が粘るというわけではなく,円形網では渦糸(横糸)が粘糸(例外もある)で,かご状の網(ヒメグモ)では,すじ糸の付着点から少しの部分が粘る。

 クモは用途に応じて糸を使い分ける。出糸突起には多数の吐糸管が開口しているが,この吐糸管はいろいろな形の絹糸腺に連結している。円形網を張るオニグモには,ブドウ状腺,ヨウナシ状腺,つぼ状腺,管状腺,鞭状腺の5種類があり,それぞれ性質の違う糸を出す。網を張るときにオニグモが最初に出す流し糸は,ヨウナシ状腺でつくられる。これに連なる吐糸管は,出糸突起の前対におよそ200本ずつ計400本以上が開口する。次に出すわく糸(渦糸)と放射糸(縦糸)は,ヨウナシ状腺とつぼ状腺でつくられる。つぼ状腺は数が少なく,前対,中対の出糸突起に1本ずつある。足場糸はつぼ状腺から出る糸だけでつくられる。オニグモは網づくり以外にも糸を使う。獲物が網にかかり,これを包みこむ糸はブドウ状腺でつくられる。この腺の吐糸管は中対と後対にそれぞれ200本以上ある。卵囊をつくる糸は管状腺からの糸で,種類により色のついているものもある。種類により放射糸が粘糸のものもあり,これはヨウナシ状腺とつぼ状腺から出る糸に鞭状腺でつくられる粘液を玉状につけてつくると思われている。鞭状腺の吐糸管は後対にあるが,数はさだかでない。クモは糸をひいて歩くが,この〈しおり糸〉はつぼ状腺でつくられる。

 造網性のクモが自分の網にからまることがないのは,歩脚の先端のつめに油性の物質が付着しているためである。これを洗剤などで洗うと,自分の網でも自由に行動することができなくなり,体に糸がからまりつく。

毒性

クモの毒腺から出る液の成分は,よく調べられていない。とらえようとしてかまれると,その部分のはれる人もいる。日本ではカバキコマチグモにかまれて医者に診察を受ける例があるが,症状は軽い。日本には毒性の強いクモはいないが,外国にはゴケグモ類やアトラックスなど毒性のかなり強いクモがいる。

空中飛行

子グモが分散し独立生活に入る方法もいろいろだが,風や上昇気流を利用して遠隔の地にいく方式をとるものが多い。クモが空中を飛ぶことをバルーニングballooningという。この現象が発生するには,二通りの原因が考えられる。(1)天候が快晴で風をほとんど感じない気象状況になると,上昇気流が発生しやすくなる。このようなときに孵化(ふか)した子グモが〈まどい〉という時期を経て,それぞれ独立生活に入るとき,イネの切株や畑の作物の先端に登り,しりを空に向け,糸をこの上昇気流に乗せると糸はぐんぐん空高くのびていく。そのうちに糸に浮力がついて,物にしがみつきがんばっている子グモを,ぴゅっぴゅっと大空に引っ張っていく。気流の状況いかんでは,かなり遠隔の地まで空中飛行ができる。日本では初春の暖かい日和にクモの空中飛行が行われると,これを雪送り,晩秋の小春日和に見られると雪迎えなどと呼んでいる。この場合は上昇気流がなければ,クモは空中を飛ぶことはできない。(2)風の吹いているときに行われるバルーニングは,クモが風に糸を流し,その糸に引っ張られるようなかっこうで空中飛行をする。アシダカグモHeteropoda venatoriaでは,〈まどい〉を終えて独立生活に入るとき,家の軒先などからこの方法で風に飛ばされて分散していく。この情景は夏によく見られる。また春一番の風が吹くころ,飛行機に捕虫網をとりつけて,知多半島の2500m上空を飛んだことがあるが,この風に乗って飛行中のヤミイロカニグモの幼生を採集したことがある。この場合は風がなければ,クモは空中を飛行することはできない。とにかく(1),(2)の方法でクモは,はねがなくても空を飛び,陸地から何百kmも離れた絶海の孤島にもいくことができるのである。なお,クモの糸だけが空中を飛んでいるものを遊糸gosamerと呼んでいる。

クモと人間

クモの利用

クモが多数の虫を食べるので,応用クモ学では,害虫駆除にクモを役だたせる研究が行われ,すでに実用の段階まできている。例えばスギの害虫のスギタマバエの駆除にササグモOxyopes sertatus,キャベツの害虫ナノメイガ,タマナヤガの駆除にハナグモMisumenatricuspidatus,イネの害虫の総合防除の一員としてキクヅキコモリグモLycosa pseudoannulataなどが使われて成果をあげた。クモの網の形は種類によって独特なもので,これに着目した学者は,クモに種々の放射線を照射したり,あるいは種々の薬物を散布したりして,その影響が網の形にどのように現れるかなどの研究をしている。さらにまたクモの毒液(消化液)を神経性の病気の治療に用いる研究なども真剣になされるようになった。測量に使うトランシットの十字毛にはクモの糸が使われる。

萱嶋 泉

日本のクモ伝承

《日本書紀》には衣通姫(そとおりひめ)が天皇の来訪をクモの行動から予想した話があるが,クモの不可思議な行動は,何かを予兆するものと考えられた。下がりグモがあれば来客があるとか,朝グモの巣づくりは晴天の兆しとかいわれたが,朝グモを福グモと見て喜び,夜グモを〈盗人の先走り〉といって忌みきらい,これを〈親に似ていても殺せ〉とする例は全国的である。またクモどうしを戦わせる〈蜘蛛合戦〉によって漁の豊凶を占う習俗もある。こうした例は,クモに一種の霊力を認めていたからにほかならない。水中から現れたクモが脚の親指に糸をかけるので,近くの木に糸をかけ移したところ,やがてその木が引き倒されてしまったという〈蜘蛛淵〉〈蜘蛛滝〉〈賢淵〉の伝説によれば,クモは水界の霊と考えられていたらしい。一方,娘がクモの子を生んで正体の露顕した若者が山中に去る蜘蛛聟入譚(たん)では,クモは山界の霊とされているが,報告例は少ない。8脚の奇怪な外形,網の巣を張り巡らして獲物を待伏せする挙動,廃屋などの薄暗い場所に潜む習性などは,人々に不気味な印象を与えた。夜グモが極端に忌みきらわれたのは,神が来臨する夜への畏怖(いふ)とあいまって,そうした印象が恐怖に転化したためであろう。昔話の〈食わず女房〉の正体を西日本ではクモとし,〈蜘蛛の糸〉〈蜘蛛女〉でも古寺で旅人が退治した化物の正体をクモとするなど,夜グモにまつわる怪異談は多い。その場合,能の《土蜘蛛》のようにクモの糸が話の重要な構成要素となることが多いのは,糸を吐き出し,巧みに網の巣をつくるクモの習性が特徴的で,人々の注目を集めたためであろう。山口県や沖縄県には,漁網はクモの巣にヒントを得てつくられたとする由来譚が伝わっているが,これは両者の形状の類似からくる連想によるものである。

佐々木 清光

蜘蛛合せ

クモを戦わせる遊びは,古く中国で行われ,日本では,現在,鹿児島県や高知県に,旧暦5月の節供にコガネグモを戦わせる〈蜘蛛合戦〉が行われているが,江戸時代にはハエトリグモにハエをとらせることを競う遊びがあった。西鶴の《好色一代男》(1682)巻四〈夢の太刀風〉に,〈今江戸にはやる蠅取蜘を仕入〉と見えるように延宝(1673-81)ころからはやったもので,2人差向いに座って左右から同時にハエのいるところへ差し向け,はやくとったほうを勝ちとするものであった。当時,ハエトリグモは座敷鷹と美称され,よくとぶものはきわめて高価に取引され,持主はそれを蒔絵をほどこした唐木細工の箱などで飼ったと,柳亭種彦の《足薪翁記》に見える。〈世にめづらしきもてあそびもありける〉と柳原紀光は書いているが,蜘蛛合せへの熱狂はしだいに賭博性を強めてさまざまな弊害を生み,やがて一般に禁制されるようになった。

鈴木 晋一

ヨーロッパのクモ伝承

現在の動物学で蛛形動物をアラクニダArachnidaと呼ぶが,これは,ギリシア神話の技芸の女神アテナと機織り競争をし,女神の怒りにふれてクモに変えられたアラクネに由来する。クモはほぼ世界的に神意を啓示する動物と考えられ,古代ローマでは天候や環境の変化を知らせると信じられた。またキリスト教の伝説によれば,聖家族のエジプトへの逃避行中,ある洞窟に身を隠したときにクモが入口に巣を張り,追手の目を逃れることができたという。イギリスをはじめヨーロッパではクモを繁栄の印としてたいせつにし,とりわけ赤い小型の種を〈銭グモmoney spider〉と称して経済的繁栄の吉兆とする。北ヨーロッパでは縁結びをする動物と信じられ,北欧神話の愛の女神フレイヤに関係づけられる。アイルランドではクモが巣を張らないとの迷信は,同島の守護聖人パトリックが蛇とヒキガエルとクモを敵視したという故事に由来する。

荒俣 宏
クモ
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