平凡社 世界大百科事典

印紙税法

アメリカ駐屯軍費の一部を植民地人に負担させるため,1765年3月に制定されたイギリス議会法。印紙を新聞,暦,パンフレット,証書,公文書など多様な印刷物に貼付させ,年間6万ポンドの税収を見込んだ。しかし,植民地人の同意なく,本国議会が直接アメリカ植民地人に課税する最初のものであったので,〈代表なくして課税なし〉というイギリス自由人の権利を無視するものだとして,まず植民地商人間にイギリス商品不輸入協定が結ばれ,同年8月にはイギリス商品ボイコットの民衆運動に発展した。10月には9植民地代表26人がニューヨークで〈印紙税法大陸会議〉を開き,〈植民地人の権利と苦情の宣言〉を採択した。法律発効の11月が近づくにつれて暴動化し,各植民地の反英グループ〈自由の子どもたち〉は,印紙販売官を襲って辞任させ,タウンゼンド諸法が制定されることになった。

武則 忠見
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捺印法

1712年,アン女王治下のイギリスで事前検閲による言論統制にかわる有効な手段,あわせて国庫収入増にもなる方策として制定された法律。下院通過5月16日,無修正で5月22日上院通過,8月1日施行された。課税の対象は新聞紙,パンフレット,紙などで,経済的側面からメディアを統制する方式の典型であった。18世紀末フランス革命の衝撃を受けて,主として社会下層の読者を対象にした急進的新聞,週刊誌が群生すると,この法律は,その普及拡大をくいとめる格好の防波堤として活用された。フランス,アメリカでは1830年代に安い値段の大衆紙が出現・定着するのに反し,イギリスではこの法律のために合法的廉価紙は生まれず,その発展はながく押しとどめられた。急進・啓蒙的中産階級のジャーナリズム関係者は労働者階級の運動家と結び,この法律を〈知識への課税taxes on knowledge〉と表現し,開明的政治家を動かして,撤廃運動を展開した。パンフレットへの課税は1833年に廃止,新聞紙への課税は36年に1ペニーに引き下げられ,広告税は1853年に,新聞は55年に全廃された。しかし,紙への課税は61年まで残った。→印紙税法

香内 三郎