平凡社 世界大百科事典

カニッツァーロ(Stanislao Cannizzaro)

イタリアの化学者。1860年カールスルーエの第1回化学国際会議でアボガドロの分子仮説(1811発表)を承認し,当時の化学界の混乱を解決した。会議に配布された論文〈ジェノバ大学における化学理論講義概要〉(1858発表)は,同仮説の適用により分子量を決定し,原子量基準を水素1とすることによって化学結合を統一的に示したもので,原子価概念確立への一里塚となった。シチリア島のパレルモに生まれ,同地の大学で1841年より医学を学んだ後,ナポリとピサの大学で化学を学ぶ。45年,ピサ大学教授でJ.B.A.デュマ門下の有機化学者ピリアRafaelle Piria(1815-65)の助手となる。48年シチリア島独立運動の反乱軍に参加し,翌年失敗してパリに逃れ,M.E.シュブルールのもとで有機化学研究に従事する。51年再びイタリアに帰国し,アレッサンドリアの工科大学教授となり,55年ジェノバ大学化学主任教授となる。60年イタリア統一運動に介入し,再び反乱軍に加わり,シチリア臨時政府の仕事を援助するなど政治活動に関係するなかで,会議に参加した。61年パレルモ大学化学主任教授,71年ローマ大学主任教授,同年イタリア統一王国の元老院に列した。多くの有機化学研究のなかでは,ベンズアルデヒドに水酸化カリウムを作用させてベンジルアルコールを得る〈カニッツァーロ反応〉の発見(1853)が代表的なものである。

徳元 琴代