平凡社 世界大百科事典

ステファン・ドゥシャン(Stefan Dušan)

中世セルビア国王(在位1331-45),後に皇帝(在位1346-55)。父ステファン・デチャンスキを殺害して王位に就く。貴族の要望にこたえ,ビザンティン帝国を滅ぼしてもバルカン半島で覇権を握ろうと転戦しつづけた。ビザンティン帝国の内紛,オスマン・トルコのアナトリア征服,後者のガリポリ占拠などが幸いしてアルバニア,マケドニア(テッサロニキを除く),テッサリアなどを手中に収め,1346年スコピエにおいて〈セルビア人・ギリシア人の帝王〉を宣言した。だがコンスタンティノープル遠征中に急死すると,この中世セルビア最大の多民族国家は分裂し,急速に衰えていった。彼の時代は国力,文化ともに絶頂をきわめたが,それは201条からなる〈ドゥシャン法典〉(第1部1349,第2部1354)が最もよく表している。ストヤン・ノバコビッチ(1842-1915)が1870年,この〈中世セルビア最美の作品〉を紹介すると,スラブ学者はもとより学界一般で大きな話題となった。

田中 一生