平凡社 世界大百科事典

ダイズ

種子を食用や工業原料とするために栽培されるマメ科の一年草。ダイズの原型はノマメG.ussuriensis Regel et Maackとされ,東アジアに広く自生している。ノマメとダイズの雑種と考えられる中間型G.gracilis Skovort.が,中国東北部などに半栽培や雑草の状態で見いだされることなどから,ダイズ栽培の起源地は中国東北部からシベリアのアムール川流域とされる。また華北や華中とする説もある。中国では約5000年前から栽培されていたといわれ,日本では縄文時代の遺跡からダイズの炭化物などが出土している。ヨーロッパには18世紀になってから,またアメリカに19世紀に伝わり,20世紀に入って爆発的に広まった。

 茎は直立し,高さ30~90cm,よく枝分れする。つる性の品種は茎の長さが2mに達する。対生する子葉,初生葉に続いて,3枚の小葉からなる複葉が互生する。小葉は卵形で先がとがり,長さ4~20cm,幅3~10cmで,細長いものから円に近いものまである。根にはたくさんの根粒をつけ,そこに共生する根粒菌によって空気中の窒素を固定する。夏から秋に,葉の付け根から短い花枝が伸び,2~35個の小花がつく。蝶形花で長さ約5mm,白・紫・淡紅色などを呈する。開花後,約5cmに伸びた莢(さや)の中に2~4個の種子(豆)がはいる。種子は,球~楕円球だが,扁平のものもあり,直径5~10mm,1000粒の重さは100~450g。種皮の色は黄,緑,茶,黒などがあり,種子と莢と連絡していた部分(臍(へそ))の色も白・黄・褐色などと品種によって異なる。表面が黒色のものは俗にクロマメ,緑色のものはアオハタマメと呼ばれる。

 ダイズは茎の生育習性によって,無限伸長型と有限伸長型とに分けられる。無限伸長型は下位から順に花を咲かせながら茎が伸び,やがて先端が衰えて止まる。原生種の性質に近く,この型の品種は中国東北部やアメリカ北部で栽培されている。有限伸長型は下位に花が咲くとやがて茎の先端にも花がついて茎の伸長が止まる。日本の品種のほとんどがこの型。

 播種(はしゆ)期は品種によって異なるが,一般には5月後半である。条間50~60cm,株間15~25cmとする。モザイク病や紫斑病によって品質が劣化し,萎縮病や黒点病によって収量が減る。また,マメコガネやマメシンクイガなど,多くの昆虫やセンチュウの被害を受ける。

 国産ダイズの豆(種子)100g中のエネルギーは417kcalで,水分は12.5%,タンパク質35.3%,脂質19.0%,炭水化物28.2%で,タンパク質含量が高い。この成分も品種により異なり,タンパク質含有量の多いものや脂質含有量の多いものが選択されている。煮たり焼いたりして食べるが,消化が悪いので,豆腐,納豆,湯葉,豆乳,きな粉,みそ,しょうゆなどに加工する。また油をとり,食用や工業原料とし,タンパク質をとり出し,繊維化して人造肉を作る。日本では未熟な豆(枝豆)をゆでて食用とし,この需要が高い。茎葉は飼料として利用。

星川 清親

生産,貿易

大豆の世界総生産高は8000万t前後であるが,その6割前後をアメリカが占め,ほかにブラジル,中国が主要な生産国である。アルゼンチンがこの3国に続く。貿易面をみると,輸出では約8割がアメリカで,残りの大半はアルゼンチンとブラジルである。一方,輸入では日本が最大の輸入国で,西ドイツ,オランダと続く。

 日本では消費量に対し生産量が不足し,主として第2次大戦前は中国,戦後はアメリカからの輸入で補ってきた。国産大豆は,輸入大豆との競争下におかれ,その生産性の低さからつねに圧迫されてきた。大豆には,未成熟で収穫するいわゆる枝豆と子実で収穫する乾燥大豆がある。大豆と呼ぶ場合後者を指すが,近年,野菜としての枝豆の需要が増加し,その作付面積は年々伸びている。しかしまだ全体に占める割合は10%に満たない。大豆生産の中心は子実用であるが,外国産の圧迫によって作付面積を減少させ,1977年産には戦後最低の7万3000haとなった。しかし78年産以降,農水省の水田利用再編対策(米過剰解消のための他作物への転作を中心とする契約農業〉の項目を参照)。

 日本の大豆の輸入額は農産物中,綿花,小麦とともにトウモロコシに次ぐ多さである。また,いまや世界一の輸入国であり,その90%以上をアメリカから輸入している。最大の生産・輸出国アメリカの生産動向は,国際需給に大きな影響を与える。日本としては,海外からの供給変動に備え,輸入先の分散化などその安定化に努めるとともに,国内の生産性の向上,面積,収量の拡大,備蓄対策などにとりくむことが当面の大きな課題になっている。

小泉 浩郎

食用

大豆は,米とともに日本人の食生活を支えてきた二本柱というべき食品である。〈畑の肉〉といわれるほど栄養価が高く,タンパク質,脂肪を多量に含むだけでなく,無機質やビタミン類にも富んでいる。発酵加工によって,みそ,しょうゆ,湯葉,さらに油揚げ,凍豆腐その他の二次加工品がつくられる。煮豆では,甘く煮たブドウ豆,ニンジン,ゴボウ,こんにゃくなどと甘辛く煮た五目豆,正月の祝膳に欠かせぬ黒豆などのほか,東京では味をつけずに柔らかく煮上げただけのものを〈みそ豆〉と呼び,カラシじょうゆをからめて朝食の菜にすることが多かった。いって粉にしたきな粉は菓子の材料として多用される。未成熟の大豆を枝ごと収穫したのが枝豆で,塩ゆでにして酒のつまみにしたり,擦りつぶしてあえ物に用いる。

鈴木 晋一

民俗

大豆は記紀の穀物起源神話にも登場し,古代から基本的な畑作物として重視され,古く〈マメ〉といえば大豆をさした。豆はマメ(健康)に通じるため,正月には歯固めに豆を食べたり,茎や葉をたいて雑煮や湯をわかし,1年の無病息災を祈った。小正月には家の周囲に豆殻やそば殻をまいて魔よけとする地方もある。新潟県南魚沼地方では,小正月に繭玉を飾ることを豆まきといい,それを片づけるのを豆おろしといった。豆の呪力(じゆりよく)で邪気を払ったり,疫病,風邪,疱瘡(ほうそう),歯痛,ものもらい,いぼなどの病気を豆に托して,つじに捨てたり井戸に投げ入れる風習も広い。大晦日や節分にいり豆をまいて鬼やらいをする風も,もとは豆に穢(けがれ)を托して厄災を払う行事だとされている。節分の豆を年の数だけ食べると運がよいといい,12個の豆を焼いて1年の天気占いをすることもある。また節分の豆をとっておいて,旅や危険な所に行くときや初雷の鳴るときに食べると魔よけになり雷が落ちないという。鳥取付近の農村では,5月1日を豆いり朔日(ついたち)といい,神にいり豆を供えた。また七夕に〈ネム流し〉といって合歓木(ねむのき)と大豆の葉を流れに流して邪気や眠けを払う行事もある。九月十三夜を〈豆名月〉といい,枝豆を供え,この日は他人の畑の豆をとってもよいなどといった。12月9日は〈大黒様の年取り〉で,東北地方ではこの日に7品とか48品の豆料理を供えると福や家宝が授かるといい,また〈大黒様大黒様,耳開けて豆つませ〉と大声でいって豆を供える風がある。このほか,豆の皮をむいて食べるなとか,豆を火にくべるなという所も多い。

飯島 吉晴

東洋医学と大豆

大豆は古代から貴重な栄養源で,10世紀の《医心方》食養篇では五穀中,首位の〈胡麻(ごま)〉の次に挙げている。煮汁を服用すれば鬼を殺し,いっさいの毒を去るといい,食中毒,薬害,産後の病気やむくみを除き,胃腸を整え瘀血(おけつ)を散らし,ガスを下げるとされ,高い所から落ちてけがをしたときや喉痺(こうひ)の治療に服用し,やけどやはれものには塗った。風痺にはいって焦がし,煙が消えたら酒に入れて飲む。いり大豆の粉末は,顔色をよくし気力をつける食品として愛用され,不老長寿の錠剤にも使われている。また,生のまま擦りつぶしたり,かんだりして傷口やはれものに塗った。薬用にする場合には黒大豆が珍重された。このほか北周の僧垣が著した《集験方》にはいぼの治療法として,7月7日に大豆1合でいぼの上を3回以上こすって土に埋め,葉が4枚出たらそれを南向きの家屋の東端から三つ目の流れの中に浸したあとで,熱湯をかけると消えるという呪術がある。そのほかにも,1粒の大豆の皮を除き,核の双方に文字を書いて飲む方法もある。大豆黄巻(だいずおうかん)は大豆のもやしを日にさらして乾燥したもので,原料は黒大豆に限られた。古代には丹砂や水銀,鉛やさまざまな玉石が薬用にされたので100種類以上の薬害があり,死ぬ者も多かった。大豆黄巻はその解毒に特効があるとされていたが,他の薬毒を消す場合にも用いられた。大豆豉(だいずし)はまた豉(くき)ともいい,鹹豉(かんし)と淡豉があった。《和名抄》では調味料として〈塩梅類〉に載せている。鹹豉は塩5升を加えて作る納豆に近いもので,女房言葉で〈くもじ〉とい,しょうゆやみそができる前は豉や豉汁が調味料として重要な役割を果たした。薬用には塩を入れない淡豉が,頭痛,悪寒発熱,虚労,呼吸があえぐ者,両脚の冷痛,口舌瘡,下痢などの治療や解毒に用いられた。

槙 佐知子
図-ダイズ
図-ダイズ