平凡社 世界大百科事典

眼鏡

〈がんきょう〉ともいう。〈両眼の前に常用するに適合した光学器械〉もしくは〈レンズまたは平板を細工して眼前に掛け視力の増進または眼の保護に用いるもの〉と定義される。視力の増進とは,近視,遠視,乱視等の老眼という)による調節の衰弱を補ってやったりして,生活上不便をきたさない視力を得るという意味である。

視力の増進用の眼鏡

(1)近視 近視は屈折に比して眼軸が長いか,眼軸に比して屈折が強いかによって平行な入射光線が網膜前方に結像するような眼である。そこで,これを矯正するには凹レンズを用い,眼の遠点にレンズの第二焦点がくるようにしてやればよい。

(2)遠視 遠視は屈折に比して眼軸が短いか,眼軸に比して屈折が弱いかによって平行な入射光線が網膜後方に結像するような眼であり,程度の軽いものであれば視力低下は伴わない(随意遠視)が,眼精疲労の原因となったり,ときとして近方の視力障害,ひどい場合は遠方の視力障害をも起こしたり(絶対遠視)する。また幼児の中等度以上の遠視では調節性内斜視を誘発することがあり,弱視の原因の一つとして,視能訓練の対象になっている。これを矯正するには凸レンズを用い,やはり眼の遠点にレンズの第二焦点がくるようにすればよい。

(3)乱視 乱視には正乱視と不正乱視の2種類があり,不正乱視は眼鏡では矯正できない(コンタクトレンズなら矯正できることがある)が,正乱視は円柱レンズを用いて矯正することができる。正乱視は角膜や水晶体がゴムまりを両側から押しつけたようなひずみを起こすことによって発生し,眼のある断面とそれに90度異なる斜めの断面の屈折度が異なるもので,円柱レンズの軸をそれに合わせることによって矯正される。円柱レンズにも凹レンズと凸レンズがあるが,それは正乱視が近視や遠視に付属したり両方の領域にまたがったりするためである。

(4)その他 直接視力には関係ない斜位や複視を生じる一部の斜視を矯正するためにプリズムレンズを用いる眼鏡がある。以上をひっくるめて遠用眼鏡と呼ぶことがあるが,これは矯正の対象が遠方視にもとづいて行われ,眼鏡の装用も遠方視を基本にするからで,必ずしも遠方視専門の眼鏡という意味ではない。

(5)老視 遠用眼鏡に対して近方視専門の眼鏡を近用眼鏡と呼び,俗にいう老眼鏡がそれにあたる。老視は年齢とともに水晶体が硬化し,近業に必要な調節が行えなくなった状態をいう。正視の場合45歳前後から発症し,75歳前後まで進行する。通常凸レンズによって矯正するが,近視眼が老視になったときなど凹レンズの強さを減じることによって矯正することもある。また乱視のある眼の場合は近用眼鏡にも円柱レンズを含ませるのが普通であるが,弱い乱視のときは省略するのも一つの考え方になっている。

ジオプトリー

レンズの強さを表す単位は,今日では世界的にジオプトリーdiopter(ドイツ語ではDioptrie,Dの記号で表示する)が用いられているが,これはメートル単位で計測した焦点距離の逆数で得たものである(したがって,焦点距離50cmのレンズは1/0.5=2,2ジオプトリーとなる)。眼鏡レンズにおいては特例としてレンズの第二面頂点から第二焦点までの距離を焦点距離とみなしており,それにもとづいて表示される強さを〈頂点屈折力〉と呼んで主点屈折力とは区別している。以上は球面レンズの場合であるが,円柱レンズも軸と90度異なる経線の屈折力を同じ考え方で表示する。プリズムレンズの強さは前2者とはやや異なり,直進する光線をレンズから1m先で何cm曲げるかを強さの基準としてプリズムジオプトリーという単位で表す。

保護用眼鏡

眼鏡のもう一つの役割として眼の保護がある。野外における強い光,あるいは紫外線や赤外線などの有害な電磁波などに対する保護眼鏡がそれで,サングラスもこれに入る。ごみやほこり,農耕時における作物の穂先などの侵害に対しても保護眼鏡は有用である。広い意味では防風用眼鏡,水中眼鏡なども保護眼鏡に含まれる。

 眼鏡には以上のような光学的矯正効果や保護効果のほかに,美容上の目的やアクセサリーとしての用途も多い。このような眼鏡の美容上の効果も無視できない。

眼鏡のレンズとフレーム

近年,通常の光学的眼鏡に使用するレンズの開発や改良が著しい。1955年ころまでは眼鏡レンズといえば屈折率1.523のクラウンガラスが大部分であったが,その後プラスチックレンズや高屈折率ガラスレンズ,強化ガラスレンズなどが登場した。プラスチックレンズは軽くて割れないなど従来のガラスレンズに比して多くの特徴をもつが,表面が軟らかいためにきずがつきやすく,これが消費者に嫌われて予想ほど普及しなかった。しかし現在では表面の硬化処理が可能になり,ガラスレンズに比べて遜色のない製品が作れるようになったので,市場における消費量はしだいにガラスレンズをしのぐ傾向を示しつつある。さらに,プラスチックレンズの最後の弱点であった屈折率の低さ(n=1.49)も,82年の時点で解決され,1.60前後の屈折率をもつプラスチックレンズの生産も可能になっている。一方,遠用と近用を一体化した二焦点レンズや累進多焦点レンズも設計の改良にともなって著しく普及しており,ガラスレンズ,プラスチックレンズを問わず消費者に供される。

 また,遮光効果のある着色レンズ,光の干渉を利用してレンズ表面の反射を除去するコーティングレンズ,日光に含まれる紫外線に反応する塩化銀を素材に混ぜて色の濃さを変えさせるフォトクロミックレンズ(調光レンズ),水面等からの反射光を選択的に除去する偏光レンズなどがあり,いずれも度の入ったレンズにこれらを付加させることができるようになっている。

 フレームについては主として合成樹脂(アセテート等)を素材とした非金属枠,金張り,サンプラチナ,ロジウムめっきなどを使用した金属枠に大別できるが,両者を混合させたものも広く使われている。デザインは多種多様で消費者の好みを満たすことができるが,レンズ加工の際に装用者の瞳孔間距離に左右のレンズの光学中心間距離を合わせることがたいせつである。レンズ生地の直径は通常65mm,大きくても75mmしかないから,あまり大きい枠を選ぶとこれが合わなくなるおそれがある。

高田 孝

歴史とファッション

セネカ(前4ころ-後65)はローマ図書館で水球儀を通して文字を拡大して本を読んだという。イギリスのR.ベーコンが《大著作》(1266-68執筆)でレンズの効用を書いたことから彼を始祖とする説も多いが,他にフィレンツェの貴族サルビノ・デリ・アルマティ,ピサのアレッサンドロ・デラ・スピーナ(ともに14世紀初めに没)などの説もある。また,13世紀初めの中国の文献《洞天清録》に靉靆(あいたい)(眼鏡)の項があることから中国を発生の地とする説もある。ただし,13世紀にはイタリアで眼鏡が作られていた。最初の複玉眼鏡は枠のついた2個のレンズに取っ手をつけ中央をびょう(鋲)でとめていた。いずれにせよ,それまでのものは凸レンズの老眼用だったが,16世紀半ばころには近視用が発明され,17世紀には広く普及するようになった。手に持つ,鼻にのせる,帽子からさげる,額にとめる,鎖に分銅をつけ固定するなどの支持方法があったが,18世紀中ごろになり,つるつき眼鏡が出現した。初めは鋼製で頭に押しつけて固定していたが,後にちょうつがいや繰出しがついた。欧米の流行をみると,18世紀には取っ手つきの単玉眼鏡(片眼鏡,キッシング・グラス)が,世紀後半には取っ手つきの複玉眼鏡(はさみ眼鏡,シッサー・グラス)が,当時の劇場などでは小型望遠鏡のプロスペクト・グラス(フランスではロルニエットと呼ばれる)が流行した。また,取っ手つきの単眼鏡モノクルにひもをつけ首にかけるものが19世紀に現れ,社交界に広まった。アルセーヌ・ルパンがかけた眼鏡もこれである。40年代には鼻眼鏡パンス・ネが現れ,世紀後半に人気を呼んでいる。19世紀には乱視用レンズ,保護眼鏡,コンタクトレンズが発明された。

 日本に初めて伝えられた眼鏡は1551年(天文20)にフランシスコ・ザビエルが大内義隆に献上したものという。それに改良を加えた支柱式天狗眼鏡が江戸時代を通じて使用された。ひもを耳にかける方式で,中国の影響を受けたともいわれる。〈めがね〉ということばが眼鏡であるという通念が固定するのは江戸中期になってからである。明治になり再び外国の影響を受け,初期には金属枠小型一文字・並山眼鏡,断髪令後の長手押え巻つる型,1887年(明治20)の一山式松島型と変化する。尾崎紅葉が《金色夜叉》で成金やインテリの象徴として金縁眼鏡をかけさせた97年ころ,一般にも金銀縁の眼鏡や色眼鏡が流行した。宮武外骨の《奇態流行史》に〈肉眼になんら欠点なき者までかけることになった〉とある。1920年ころ欧米で大型レンズの眼鏡が青年男女に好まれ,日本でも映画の影響で〈ロイド眼鏡〉がはやった。30年ころから衣装デザイナーが眼鏡をも手がけだし,眼鏡に対する感覚が大きく変化してきた。

前田 明子