平凡社 世界大百科事典

迅速な裁判

訴訟の手続が迅速に実行され,早期にその目的(民事では当事者間の権利・義務関係を確定しその紛争を解決すること,刑事では事案の真相を解明し刑罰法令を正しく適用すること)を達成するような裁判をいう。あらゆる種類の訴訟において,裁判が迅速に行われることは,裁判制度を設営する国家にとっても,これに関与する当事者にとっても重大な関心事であり,これは古くから〈裁判の遅延は裁判の拒否に等しいJustice delayed,justice denied〉〈司法は新鮮であるときもっとも芳しい(F. ベーコン)〉等の句で表現されてきたところである。とりわけ刑事事件では,裁判を受ける者を被告人という不安定な地位から早期に解放し,とくに未決拘禁中の被告人につき拘禁期間の不当な長期化を防止するという観点から迅速な裁判が要請されており,憲法37条1項は刑事被告人の基本的人権として〈迅速な裁判を受ける権利〉を保障している。刑事訴訟法,刑事訴訟規則はこれを受けて審理の促進・充実を目的とした規定を設けているが,訴訟が不当に遅延した場合の被告人の救済についてはとくに規定がない。この点につき最高裁判所は,15年余にわたる審理の中断があったいわゆる〈高田事件〉において,迅速な裁判を保障する憲法に違反した異常な事態であることを理由に免訴の判決を下している。もっとも裁判の遅延は,被告人の人権保障を重視し慎重かつ精密な審理を追求する日本の刑事司法に不可避な一面でもある。また迅速な裁判の問題には,被告人の〈権利〉としての視点に加えて,訴訟関係人に種々の協力を求めて訴訟を促進し,円滑な事件処理を図るという刑事司法政策の要請が交錯し,問題は単純ではない。その根本的解決はなお今後の課題として残されているのである。なお直接裁判の迅速を求める立法として,公職選挙法違反の刑事事件についていわゆる〈百日裁判〉の目標を掲げる規定がある(公職選挙法253条の2)。

酒巻 匡