平凡社 世界大百科事典

精子

同一種の動物または植物において,外形や運動性を異にする2種類以上の配偶子の形成が認められる場合,そのような配偶子を異型配偶子というが,異型配偶子において,外形に大小の区別があるとき,小型のものを精子と呼び,大型のものを卵(卵子)と呼んでいる。典型的な精子は,卵に比較して著しく小型であるのみならず,運動性に富む。また,卵が多量の細胞質物質を有するのに比べ,精子はほとんど細胞質に相当する部分をもたない。

動物

動物の精子は系統学的に広い範囲(腔腸動物から脊椎動物)にわたって,外形および内部構造の点で,互いにきわめて似通った基本的特徴を示すものが多い。しかし,例外的に特異な形状の精子をもつ動物種も少なからず記載されている。

精子の構造

哺乳類に属するヒトの精子を,典型的構造を有する精子の一例として概説する。精子はその外型において頭部と尾部の2部に分けられる。尾部は波状に運動して,精子に推進力を与える運動性の細胞小器官,すなわち鞭毛である。頭部と尾部は,短い頸部を介して結合する。頭部には主要な構造として,核と先体(アクロソームacrosome)が含まれる。核は半数(n)の染色体に由来するクロマチンを蔵し,生殖において,雄性(ヒトにあっては男性)の親から子孫に伝達さるべき遺伝情報は,すべてクロマチンの主要構成成分であるDNA中に含まれる。精子の核以外の部分,とりわけ後述する尾部中片部のミトコンドリアにもDNAが含まれるが,受精後胚発生機構への関与はほとんどないものと考えられている。脊椎動物の精子核クロマチンは,そのタンパク質部分が通常の体細胞核クロマチンに見いだされるヒストンから,プロタミンまたはプロタミン様タンパク質と総称される塩基性タンパク質で置換されているのが普通である。置換の程度は種によって異なる。有袋類以外の哺乳類精子は一般に置換度が高い。無脊椎動物では置換度が低いか,ほとんど置換されていないものが多い。哺乳類のプロタミン様タンパク質はSH基を大量に含有し,それらが酸化してS-S結合(ジスルフィド結合)を形成して強度に凝集した状態になっている。受精後,卵子細胞質内において,プロタミン様タンパク質は除去されヒストンによる再置換後,前核クロマチンとなる。

 先体は通常細胞の細胞小器官であるリソソームが特殊な分化を遂げた構造と考えられ,多くの加水分解酵素を含有する。最も重要なのはアクロシンacrosinと呼ばれる先体に特異的なタンパク質分解酵素である。ほかに酸性ホスファターゼ,非特異的エステラーゼ,ヒアルロニダーゼなどが含まれる。これら酵素の受精における役割は十分解明されていない。哺乳類精子では先体部分が精子頭部に占める割合が比較的大きく,先体の形状は精子外型に大きな影響を及ぼす。脊椎動物の硬骨魚類精子は,先体を欠くのが著しい特徴である。

 尾部は中片部,主片部,端片部の3部に区別される。中片部にはミトコンドリアがあり,精子の運動エネルギーを供給する。主片部は多くの繊維状構造から成る。とりわけ,微小管と呼ばれる管状の繊維は,ミトコンドリアで生産されるATPの化学エネルギーを,物理的な運動エネルギーに転換する仕組みとして重要である。微小管は,精子尾部において2本の中心繊維,およびその周辺に2本ずつが対となって9対が配置された周辺繊維を構成する。このような微小管の構成は,他の組織細胞や原生動物の鞭毛や繊毛と共通している。尾部の端片部ではしばしば微小管が裸出する。

精子の運動

精子は細胞質をほとんどもたないので,エネルギー源には主として精漿(せいしよう)中の糖を用い,不足すると精子自身のもつリン脂質を基質として代謝し,中片部ミトコンドリアにおいてATPに転換する。周辺繊維には,ATPを分解するATPアーゼ活性をもつタンパク質が一定の位置に付着していて,微小管を構成するチューブリン,ATP,ATPアーゼ酵素タンパク質の相互作用により,周辺繊維を構成する微小管にずれが生じ,それが尾部鞭毛の屈曲をもたらして,その結果,精子の運動をもたらす(精子鞭毛運動のすべり説)と考えられている。ヒトや家畜哺乳類精子の運動速度は,37℃でおおよそ100μm/sの値を示すものが多い。

精子の形態異常

ヒトの精子は,さまざまな形態異常をもつ精子の混入率が高いことで,他の哺乳類とは著しく異なっている。通常20%程度の精子がなんらかの異常を示すが,40%以上の異常精子が混入していても正常範囲と考える研究者もある。興味深いことに,高い異常精子の混入率は,系統的なものであるらしく,霊長類ではゴリラがヒトと類似していて,30%くらいの異常精子混入率を示す。オランウータンやチンパンジーのそれは5%以下で,他の哺乳類精子について知られている値に近い。外形異常を示す精子の染色体は必ずしも異常を伴わず,正常の受精能をもつものもあることを示唆する事実が知られている。なお,同一の種において2種類以上の精子が産生される場合もある。このような現象を精子の多型性という。タニシの例がよく知られている。

舘 鄰

植物

植物の精子は,鞭毛または繊毛をもち,それによってみずから動くことのできる単細胞体である。ふつう,配偶体上の造精器の中でつくられ,化学物質で誘引されたり(コケ植物,シダ植物),花粉管の中を通ったり(裸子植物)して造卵器に達し,卵細胞と合体し(受精),接合子(受精卵)がつくられる。きわめて小さい細胞で,核が大部分を占め,親個体の遺伝情報を次世代の個体に媒介する。精子の鞭毛や繊毛の型(むち型,羽毛型)やつく位置(頭部,側部)は,緑藻類,褐藻類や陸上植物など植物によって決まっていて,分類学的にみて重要な特徴の一つである。被子植物や裸子植物の一部(マツ類)には,精子のかわりに鞭毛を欠くために,花粉管によって受動的に卵にまで運ばれる精核があり,紅藻類の雄性配偶子も鞭毛がない。ラン藻類は有性生殖をしない。→

加藤 雅啓
図1~図3
図1~図3