平凡社 世界大百科事典

スプーン

液体や粉体をすくうボウルの部分に柄のついた食卓用具。日本語の〈さじ〉にあたる。英語spoonの語源は木片のこと。フランス語ではcuillèreといい,巻貝を食べるときの道具に由来する。古くから木,貝,素焼き,石,角,象牙,青銅,銀などでスプーンがつくられ,古代エジプトでは化粧材料の混合や調理用に使われていた。ギリシア・ローマ時代にも調理用や給仕用のものが各種使われたが,当時の貴族の宴会では,寝椅子に横たわり,料理は指でつまむか,汁気の多い料理は,食器から直接口にしたり,パンを浸して食べたので,個人用のスプーンは必要としなかった。中世ヨーロッパでは,スープを入れた容器とスプーンをまわして,交代で食べたが,やがて旅行や宴会の際には自分用のスプーンを持ち歩くようになった。スプーンが一般に普及するのは,地域によって差があるが,17世紀中ごろである。ナイフ,フォーク,スプーンを食卓上に人数分だけ用意する様式は19世紀に入って一般化した。

 スプーンには装飾をほどこしたものが多く,15~17世紀のイギリスでは,柄の先に十二使徒の像を彫った12本の〈使徒スプーンapostle spoon〉を,生まれた子どもの洗礼祝いとして名付け親が贈った。個人用のスプーンに名を彫った風習とも関係して,生命,健康の象徴とも考えられ,現在でも洗礼や結婚の祝い物とされることが多い。また,都市の紋章などを入れたスーベニア・スプーンの収集も広く行われている。

 現在の家庭用としては次の4種類が基本になっている。(1)テーブルスプーン 食卓用スプーンの基本で,スープ,ライス料理をはじめ,多用途に用いる。平均的なものは全長22cm,容量18mlであるが,最近はやや小ぶりになっている。(2)デザートスプーン 全長18cmでデザート,果物等に用いる。(3)ティースプーン ヨーロッパで紅茶を飲む習慣が一般化した18世紀後半より普及した。全長12~13cm,容量6ml。(4)コーヒースプーン 食後のデミタスカップに添えるもので全長7~10cm。

徳村 薫

日本,中国のさじ

中国,朝鮮半島,日本,それに中国の影響の強いベトナムでは,さじとはし(箸)が組み合わせて使用され,現在でも朝鮮語では両方を合わせてスジョ(匙箸)と呼ぶ。さじは中国では匕(ひ)または匙(し)と書き,《説文》に〈匙は飯をすくい取るもの〉と記され,はしの説明には〈匙筯(しちよ)〉と出ている。この説明が日本の平安時代の《和名抄》にそのまま引用してあるのは,中国風にさじで飯をすくって食べる風俗が当時の上流階級の間に伝わっていたことをあらわし,飯を盛った器は最初から食膳に並べてあって,食べたいだけ食べた。そのころ匙は〈かい〉と呼ばれ,貝殻に形が似ていたことに由来するが,《新撰字鏡》によると〈杓(しやく)〉も〈かい〉と呼んでいるので,現在のさじ,杓子(しやくし)の類の総称だったことがうかがわれる。《延喜式》(927完成)によると,宮廷の食膳には銀製のはしとさじ,木製のはしとさじの2組がのせられていた。しかし,さじで飯を食べる風習はあまり長くつづかず,汁物をすくって食べる風習も,鎌倉時代に入ると忘れられ,食事具としてははしがもっぱら用いられるようになった。中国でもやがてはしで飯を食べるようになった。平安朝のさじは形がハスの花弁の1片に似ていたので,後世食卓用の〈散蓮華(ちりれんげ)〉(略して〈れんげ〉)となって現在も残っている。匙を〈さじ〉と呼ぶようになったのは,鎌倉時代に茶道が,室町時代に香道が起こって,茶匙,香匙(きようじ)など用途に応じて呼ばれるようになり,〈かい〉類の総称となったが,〈かい〉はさじ,大型の〈かい〉は杓子と呼んで区別するようになった。九州西部などでは飯を盛る杓子を〈いいがい〉または〈めしがい〉と呼んでいる。なお,〈薬匙(やくじ)/(やくさじ)〉は医師が薬を盛るのに使ったさじで,江戸時代,大名などの侍医を〈お匙(さじ)〉と呼び,医師が重病患者を見放すことを,〈さじを投げる〉というようになり,救済の方法がなくなったことを意味するようになった。

春山 行夫