平凡社 世界大百科事典

スパイ

スパイ(間諜ともいう)とは何かを正確に定義することは難しい。国際的な規定としては,1907年の〈陸戦の法規慣例に関する条約〉(ハーグ条約)の条約付属書,1948年の〈ジュネーブ条約並びに国際的武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書〉がある。たとえば前者ではスパイを,作戦地帯内において相手交戦者に通報する意志をもって隠密または虚偽の口実のもとに情報を収集し,あるいは,しようとする者に限定している(同書29条)。これは制服を着用した軍人の情報収集活動を,各国で制定されたスパイ活動に関する処罰規定から除外するねらいをもったもので,各国間における最低限の合意事項にすぎない。

 古典的な概念によれば,〈スパイとは軍事や政治に直接役立つ秘密情報を,秘密の手段で入手せんとする者〉という程度の,大まかな定義で十分であった。だが,近代,特に20世紀に入り,その内容は大きく変化せざるをえなくなっている。第1に,スパイ行為の目標が政治的・軍事的な情報のみならず,経済的・思想的・社会的あるいは科学技術的な情報にまで広がったこと,第2に,スパイの任務に単に情報の収集という知的で間接的に役立つものの入手に加えて,破壊,攪乱,宣伝などの,いわゆる〈謀略〉という直接的な攻撃が加わったこと,第3に,スパイ工作の主体が,通常〈国家〉または〈国家に準ずる組織〉であったものから,団体や企業,その他の結社など,より低次小規模の組織へと拡大されたことである。だが,そうした変化にもかかわらず,スパイの〈秘密性〉と〈非合法性〉は変化していない。〈秘密性〉は三つのカテゴリー,すなわち〈企図〉〈手段〉〈成果〉に分けて考えることができる。スパイは最小限その一つを,できればその全部を秘匿しなければならない。〈非合法〉はスパイにおける選択肢の一つであり,合法・非合法にこだわらず,〈目的と状況に最も適切な手段を選ぶ〉のが原則である。通念としてスパイに〈悪〉の印象が付きまとう主たる理由は,この〈容赦なき非合法性〉と〈秘密性〉の相乗効果によるといってよい。

 以上をふまえてあえて一言で定義すれば,〈対立・敵対状況において,秘密裡に,ときに非合法手段によって,相手にマイナス,味方にプラスをもたらそうとする行為をスパイ行為といい,それに従事する者をスパイと称する〉となろう。

スパイ戦

現代のスパイ戦は以下の3部門に大別して考えることができる。(1)諜報工作 広い意味での情報活動の一部を形成するものであり,公然・合法の手段による情報活動を補完するための,秘密・非合法手段による情報活動。(2)謀略工作 秘密あるいは非合法の手段をもって破壊,暗殺,攪乱,偽計宣伝等々を実行し,相手に直接的な打撃を与えようとする活動。〈諜報〉が判断や決心の知的資料として味方の行動にいわば間接的に貢献するのに対して,その直接性はきわだって異質である。だが秘密と非合法の手段および組織によって遂行されるという一点において共通性をもつ部門である。(3)防諜 最近は対諜報活動ともいわれる。諜報,謀略がともに攻撃的な意味をもつのに対し,これを防衛する活動をいう。原則として,消極防諜と積極防諜とに分けられる。前者は市民が,それぞれの立場でスパイの企図に乗ぜられないように警戒の処置をとることであり,後者はスパイ組織または行為を積極的・直接的に防止し,力をもってその活動を封殺し,組織の壊滅を図ることである。通常,後者は官憲の任務に属し,そのためには非合法秘密活動を認めている国家も多い。以上の諜報,謀略,防諜を総括して〈秘密戦〉と呼ぶことがある。

 近年,必要な情報のほとんど全部は,刊行物などの公開情報と偵察衛星や相手国の電波傍受などの科学技術を駆使することによって間にあうとし,スパイは不要であるとの議論が台頭しているが,スパイの機能は単に情報だけに限定されないし,往々にして〈公開情報の分析〉の欠落部分を埋める〈プラス・アルファ〉が決定的な意味をもつことがあるので,この論はスパイ工作の機能・効果を過小評価しているといえよう。→情報機関

原田 統吉
コラム
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スピー

ベルギー中南部,ナミュール西方に位置する村。ベチュ・オ・ロチュ(〈岩のくちばし〉の意)と名づけられた洞窟前面の岩がオルノー川に臨んでいる。一般にはスピー洞窟と呼ばれる。1879年に発掘が始められていたが,スピーの名を高めたのは86年のド・ピュドトとローエストによる,ネアンデルタール人の発見であった。成人2体,幼児1体が出土し,キナ型ムスティエ文化層2枚,アシュール文化系ムスティエ文化層1枚が確認された。その上部に存在したソリュートレ文化を暗示させるが,この文化が盛行した証拠は他になく,問題を残している。

山中 一郎