平凡社 世界大百科事典

スタビライザー

船,自動車,飛行機などで,過度の動揺を避け,姿勢を安定させる装置。左右の車輪が独立に上下しうる独立懸架式の自動車では,路面が凸凹している道路を走行するとき,または高速でカーブを曲がるとき車体が横揺れする。これを防ぐため,左右の懸架装置を1本のねじり棒で連結し,一方の車輪のみが大きく上下すると,ねじり棒のばね作用ですばやく元の位置に戻し,車体の横揺れを減少させるスタビライザーが取り付けられている。また,飛行機では安定よく水平な飛行を保持するため,飛行中の縦揺れ(ピッチング)および片揺れ(ヨーイング)を減少させるスタビライザー(安定板)が機体の尾部に装備されている。縦揺れを生じ機首が上がると,尾部に取り付けられた水平安定板(通常,水平尾翼の昇降舵を除いた部分)の迎え角が増して安定板に加わる揚力が増加するため,尾部も上昇し,機体はもとの水平な姿勢に戻る。機体が片揺れする場合には,垂直安定板(通常,垂直尾翼の方向舵を除いた部分)が同様な役目をし,機体をもとの針路に戻す。このように,自動車および飛行機にもスタビライザーが装備されているが,単にスタビライザーという場合には船のスタビライザー,すなわちシップスタビライザーを指すことが多い。実際に使われているシップスタビライザーは,いずれも船の横揺れ(ローリング)を軽減する装置で,ビルジキール,減揺タンク,ジャイロスタビライザー,フィンスタビライザーなどがある。このほか,船の縦揺れを減ずる装置も研究されているが,実用には至っていない。

ビルジキールbilge keel

船体中央部の湾曲部に,高さ数十cm,長さが船の全長の1/4~1/2程度の平板を,船体表面に垂直に取り付けたもの。1870年ごろから用いられ始めた。構造および取付けが簡単なうえ経費も安いので,船体表面に突起物をつけられない砕氷船などを除き,現在ではほとんどすべての船に取り付けられている。船体の横揺れに伴い,ビルジキールは周囲の流体をかく乱し渦や波をつくる。その結果,ビルジキールに作用する流体力およびビルジキール周辺の船体に働く圧力は,船体の横揺れを減ずる偶力を生ずる。船体が前進速度をもたない場合も有効であるが,前進速度を有する場合はよりいっそう大きな減揺効果がある。航走時の減揺効果を増加させるため,ビルジキールを櫛(くし)形に短く切り,アスペクト比を大きくした櫛形ビルジキールもある。

減揺タンク

船体の左右両玄のタンク(水槽)とこれらを結ぶダクトからなり,タンク内の流体が船の横揺れとともに運動するとき発生する偶力が,船体の横揺れを軽減するようくふうされたもの。1880年ごろより使われ始めている。ダクトが密閉されているか否か,ダクトが船内か船外か,またタンク内の流体の運動が制御されているか否かなどにより種々の形式が考案されている。タンク内の流体の運動が制御されていない受動型と,ポンプなどで強制的に流体を動かす能動型とでは減揺効果に顕著な相違がある。すなわち,受動型では船が横揺れ固有周期に近い周期で動揺するときは減揺効果が大きいが,横揺れ固有周期と著しく異なる周期で横揺れする場合には逆効果となり,横揺れ角がかえって大きくなるのに対し,能動型ではどのような周期の横揺れにも減揺効果がある利点を有する。ただし,能動型では船体の横揺れを検知しタンク内の流体を動かすための制御装置および動力装置が必要であるため,受動型に比べ装置が高価なものとなる。

ジャイロスタビライザーgyro-stabilizer

高速で回転するこま(ジャイロ)が,こまの軸と異なる第2の軸のまわりに回転するとき,こまの軸および第2の軸とも異なる第3の軸の方向にジャイロモーメントと呼ばれる偶力が発生し,こまを支える物体に作用する。この原理を利用した減揺装置がジャイロスタビライザーで,1906年に最初に実用に供された。ジャイロの軸を垂直に支える枠を,船体の左右水平軸のまわりに自由に回転できるようにしたもので,船の横揺れにより枠が水平軸のまわりに回転するので,その回転方向を船の横揺れの方向によって適宜切り換えれば,ジャイロの発生する偶力により横揺れを減ずることができる。その後,別の小さなジャイロで船体の横揺れ角速度を検出し,その信号によって主ジャイロに強制的に歳差運動を起こさせて主ジャイロの減揺効果を生む装置が発明されて急速に普及したが,装置自身が船内において占める容積が大きく,かつ,装置が高価なため,現在ではあまり使用されていない。

フィンスタビライザーfin-stabilizer

船体中央付近の左右両玄湾曲部に,翼形のひれ(フィンfin)を船体表面から海水中に突き出させたもの。航走中に船が横揺れすると,ひれにある迎え角で海水が流入して,横揺れを妨げる方向の揚力が発生する。このようなフィンスタビライザーは1923年,日本の元良信太郎によって発明され,対馬航路の睦丸などに装備されたのが最初である。元良式フィンスタビライザーでは,別の小さなジャイロで船の横揺れを検出し,それによってひれの迎え角を制御し,ひれの発生する揚力が常時,有効に減揺効果を生ずるようくふうされていた。この特許は36年イギリスのデニー・ブラウン社に譲渡され,第2次世界大戦中には多数の軍用船で使われた。その後,自動制御理論および自動制御用機器の発達に伴って改良が加えられ,客船,鉄道または自動車連絡船,コンテナー船などに装備された。ジャイロスタビライザーに比べ,装置の重量,容積が小さく,かつ価格も安いうえ,現在使用されている減揺装置の中ではもっとも減揺効果が大きいのが長所であるが,反面,船速の低下に伴い減揺効果が著しく減少する欠点がある。

藤野 正隆