平凡社 世界大百科事典

星図

恒星の天球上の位置と明るさとを示す図。古代の星図は天球儀と同様に天球を宇宙の外から眺めたように,すなわち星空を裏返しにかいたものが多かった。1603年に出されたバイヤーの星図は最初の裏返しでない星図である。フラムスティードの星図書《Atlas Coelestis》(1729)は彼の星表の星を図示した最初の科学的な星図であるが,昔の星図にならって神話,伝説に基づく星座の絵がかいてある。精密星図としては19世紀にボン天文台とコルドバ天文台で作成された掃天星図は合計106万の10等以上の星を示し,今も星の同定用に愛用される。ベルリン科学アカデミーの黄道帯星図は11等までを図示し,初期の小惑星の探索や1846年の海王星の探索に役だった。20世紀になってからは写真星図が作られ,フランクリン・アダムス星図(1916)は全天を206枚で覆う最初の写真星図で,尺度は15mmが天の1°に相当し,15等星までを網羅する。ウォルフ=パリザ星図(1900-08)は黄道帯の16等星まで,ほかにユニオン写真星図(1917-37),リック天文台写真星図(1972)など多数がある。もっとも暗い星を包含する最大の星図は星表

大沢 清輝

中国の星図

中国の星図には赤道に沿って展開して星座を描いた天文横図と,北極を中心に円形に展開し,赤道,黄道,入宿度線などをかき入れた極座標方式に似た天文図があった。横図形式の星図はすでに洛陽市郊外出土の前漢墳墓の二十八宿などを描いた壁画に見られ,また940年前後の敦煌(とんこう)出土の星図も二十八宿の間に紫微,太微,天市の三垣を描いた巻物である。この形式が完成したものは,宋代の蘇頌(そしよう)の《新儀象法要》(1094)の2枚の赤道帯の星図である。それには紫微垣図,北極図,南極図が付せられ,283座1464星が描かれている。周極星を中心に描いた古い星図には5世紀の北魏墳墓の星座壁画があるが,極座標的な方式で描かれ,天文学的に意味があったものは南宋の1247年に作成された淳祐石刻天文図(蘇州図ともいう)で,中国の星座体系の伝統に従って280座1433星が刻まれている。漢代以後,宇宙誌的な意味をもった二十八宿図なども多く描かれた。

橋本 敬造