平凡社 世界大百科事典

蒸気機関

蒸気のもつ熱エネルギーを機械的仕事に変換する蒸気原動機の一形式で,蒸気の圧力をシリンダー内のピストンに作用させ,その往復運動によって仕事を行わせるものである。

歴史

蒸気によって仕事を行わせるという考えが実際に応用されるようになったのは17世紀半ば以後のことであって,イギリスのサマセットEdward Somerset(1601-67)は,1650年ころ,最初の蒸気による揚水機を製作したといわれている。しかし工業への応用は,98年以後に試みられたイギリスのT.セーバリーによる機関に始まるとされる。これは鉱山の坑内排水に適用された。蒸気機関はまず当時もっとも重要な問題となっていた鉱山の揚水機として発達したのである。これらの機関の原理は,図1に示したように,容器中の蒸気の凝縮により真空をつくって水を吸い込み,弁Aを閉じ弁Bを開いて容器中の水面に蒸気を送り,蒸気の圧力によって弁Cを経て揚水を行うものである。これは現在の蒸気機関とは著しく趣を異にしている。ピストンを使用する試みはフランスのD.パパンによって1690年から1700年までの間に行われた。この機関は直立のシリンダー中に水を入れ,外部から加熱と冷却とを繰り返すものであって,実際的には成功しなかったが,水の沸騰によって生ずる蒸気の力でピストンをもち上げ,次に蒸気を凝縮させピストンを引き下げるしくみのものであった。

 以上のような経過をとってきた蒸気機関は,1712年ころ実用化されたT.ニューコメンのいわゆる大気圧機関の発明によって,現在の形式への第一歩をふみだした。この機関はシリンダーと蒸気を発生するボイラーとを分離したもので,図2に示す構造をとっている。この機関は長くイギリスの鉱山の揚水機関として使用されたが,熱効率がきわめて低く,多量の燃料を必要とした。これでは冷却されたシリンダー内にボイラーからの蒸気を送るため,シリンダーの温度を高めるのに多くの蒸気がむだに凝縮される。そこで65年J.ワットはまずこのむだをなくして蒸気の節約をはかるため,蒸気の凝縮をシリンダー外の別の容器,すなわち復水器において行わせるように改良した。しかしこれらの機関はむしろ大気圧を利用するものであって,蒸気の圧力を直接に利用するものではなかった。蒸気の圧力を利用する真の意味での蒸気機関はワットによって発明され,さらにほぼ今日の形式にまで改善された。ワットは69年に蒸気の圧力を利用する蒸気機関を製作して機関の熱効率を著しく高め,81年にはそれまでの機関のビームを廃し,ピストンの往復運動を車輪の回転運動に変える装置をもつものに改善し,蒸気機関が鉱山用から一般の原動機として広く利用されるにいたる端緒を開いた。そして82年にはさらにピストンの両側に交互に蒸気を供給し,かつ蒸気の膨張力をも利用する方法をとり入れて熱効率を高め,またのちにはシリンダーへの蒸気の供給量を自動的に加減する調速機を用いて適正な運転を行わせるようにし,ここに実用的な蒸気機関を完成した。

 このように発達してきた蒸気機関は1780年ころから鉱山の揚水だけでなく,工作機械,織物機械その他一般工場用の原動機として広く用いられ,1800年前後にサイミントンWilliam Symington(1763-1831),R.フルトンらによって行われた蒸気船の実用化や,G.スティーブンソンによる蒸気機関車の完成によって,工場用としてまた交通機関用として偉大な貢献をし,文字どおり機械文明の原動力となって独歩の地位を占めた。19世紀は蒸気機関万能の時代ということができる。

 蒸気機関は構造が簡単で,あまり高度の工作技術を要しないで製作できるため,熱機関として最初に発達したものであり,取扱いが容易であること,信頼性が高く負荷の激しい変動に耐えること,始動回転力が大で逆転が容易であることなどの利点をもっている。しかし,蒸気機関の使用蒸気圧力は十数気圧どまりで,対応する飽和温度はせいぜい200℃と低く,復水器を用いる場合でも熱効率を20%以上にすることは非常に困難であった。また,ピストンによる膨張方式では,高圧蒸気使用による熱効率改善も大容量化もともにむずかしく,このため大出力分野では,蒸気タービンの発達とともにその座を明け渡すこととなった。また,ボイラーや復水器を必要とすることから小型軽量化が困難であり,中小出力の分野でも内燃機関にしだいにとって代わられ,現在では蒸気機関は過去のものとなってしまった。→蒸気タービン

構造

蒸気機関の主要部はシリンダーとその中を蒸気の作用によって往復するピストン,この往復運動を回転運動に変えるクランク機構およびシリンダーへの蒸気の出入をつかさどる弁機構とからなる。図3は蒸気機関の構造を示す概念図である。ボイラーからの高圧蒸気は蒸気管から蒸気弁と調速機の絞り弁を経て蒸気室に入り,蒸気分配弁によってシリンダー内に導かれて膨張し,ピストンを押し動かして仕事をする。仕事をし圧力の下がった蒸気は再び蒸気分配弁を通って,排気室から排気管を経て大気中に,あるいは復水器中に排出される。蒸気室からの高圧蒸気はピストンの左右に交互に供給されるのがふつうである。図3の上は蒸気がピストンの左側に供給され,ピストンを右方向に押している状態を示しており,ピストンの右側の仕事を終わって圧力の下がった蒸気はこれによって排気室に押し出される。ピストンには数個のピストンリングがはめられ,シリンダーとの気密を保っている。ピストンの往復運動はシリンダーを貫くピストン棒によって外部のクロスヘッドに伝えられる。なお,ピストン棒がシリンダーを貫く部分には,蒸気の漏れを防ぐようパッキン箱が設けられる。クロスヘッドはピストンの運動につれて案内面に沿った直線の往復運動をするが,これはクロスヘッドピンによって連接棒に伝えられ,クランクピンとクランクを経て,軸受上に支持されるクランク軸を回転させる。かくしてピストンの往復運動が回転運動に変えられ,外部に仕事として取り出される。しかし蒸気がピストンに加える圧力はクランク軸の各位置によって異なるため,このままではクランク軸は一様な回転をしない。クランク軸に取り付けられる大きい重量をもつはずみ車はこの回転の変化をなるべく少なくするためのものであって,クランク軸はこのはずみ車の慣性によって一様な回転に保たれる。ピストンの往復運動を引き続いて行わせるには,適当な時期にピストンの両側に交互に蒸気を出入させなければならないが,これは蒸気分配弁によって行われる。種々の形式のものがあるが,図3はすべり弁を用いた場合を示している。この弁は蒸気室内で往復運動をしてシリンダーへの蒸気の出入を加減するが,その運動は偏心装置によって,すなわちクランク軸に取り付けられた偏心輪から偏心棒,弁棒を経て伝えられる。なお,この図には書かれていないが,調速機は機関の負荷が変化した場合にもクランク軸の回転をできるだけ一定に保つために設けられ,その下に設けられる絞り弁の開きを変えて蒸気の供給量を調節し,機関の出力を加減する。

蒸気機関の作動

シリンダー内の蒸気の圧力の変化をピストンの1往復,すなわち往行程と復行程とについて示すと図4のようになる。これはインジケーター線図といわれ,実際の機関ではインジケーターを用いて描かせることができる。なお,この図はピストンの左側のものだけを示しているが,これの囲む面積は機関でえられる仕事量を示すものである。蒸気機関の作動は給気,膨張,排気および圧縮の4過程からなっている。ボイラーからの蒸気をシリンダーに供給する給気口は復行程の終わる直前のA点で開きはじめる。この図のA~Bは給気過程であって,その圧力はA点で急に上昇してほぼボイラーの圧力に達し,ピストンを右方向に押す。給気口はB点で閉じられる。この点を締切点と呼ぶ。B~Cは膨張過程であって,締切りによって,シリンダー内に閉じ込められた高圧蒸気がピストンを押して膨張する。排気口は往行程の終わる前のC点で開かれる。C~Dは排気過程であって,シリンダー中の蒸気はピストンの復行程によって大気または復水器中に排出される。この過程における圧力は大気または復水器圧力よりわずかに高い。排気口は復行程の途中のD点で閉じられる。D~Aは圧縮過程であって,D点でシリンダー内に閉じ込められた一部の残留蒸気を圧縮する。そしてA点で給気口を開いて以上のことを繰り返すわけである。

分類

蒸気機関は種々の観点から多くの形式に分類される。蒸気のシリンダーへの供給方法によって分けると,ピストンの一方の面にだけ蒸気を供給する単動機関と,一般に用いられる形式の,ピストンの両側に蒸気を供給する複動機関とになる。仕事をした蒸気,すなわち排気の圧力によると,大気中に排出する不凝機関と復水器中に排出する復水機関とになる。復水機関では排気が復水器中で冷却復水されるため,排気圧力を大気圧以下に下げることができ,したがって同一の蒸気を使用する不凝機関よりも多くの仕事を発生することができる。蒸気の膨張のしかたからは単式機関と多段膨張機関に分けられる。前者は1個のシリンダーで蒸気を排気圧力まで膨張させるものである。後者はいくつかのシリンダーを備え,1個のシリンダーで膨張させた蒸気を次の段のシリンダーに入れ,さらに膨張させるという形式のもので,これには高圧シリンダーと低圧シリンダーからなる2段膨張機関と,高圧,中圧および低圧シリンダーからなる3段膨張機関がある。シリンダーは蒸気の膨張による温度低下のため排気によって冷却される。したがって次に送られてくる高温の新しい蒸気はシリンダーの表面で冷却されて復水する。これは初期復水と呼ばれ,蒸気をむだに消費し熱効率を低下させる現象である。多段膨張機関はこれを少なくするため,1個のシリンダーで行わせる膨張を少なくし,膨張前後の蒸気の温度差を小さくしたものである。なお,このほかに初期復水を少なくし1個のシリンダーで大きい膨張を行えるように考案されたものに単流機関がある。ふつうの機関では,給気と排気とがともにシリンダーの同一端で行われる。すなわち,蒸気は図5-aのようにシリンダーの一端から入り,再び前に入った端から排出される。これに対して単流機関ではbのように,シリンダーの一端から入った蒸気がつねに一定方向に流れ,中央に設けた排気口から排出される。単流機関ではシリンダー内の蒸気の流動方向が一定であるから,シリンダーの温度は両端が高く中央が低くなり,つねにほとんど同温度の蒸気に接するため初期復水が少なくなる。なお,これは長いピストンをもち,排気口の開閉はこのピストンで行う。

植田 辰洋
図-蒸気機関
図-蒸気機関