平凡社 世界大百科事典

立体異性

分子の平面的配列順序が等しいが原子の立体配置が異なるために生じる異性。かつてはジアステレオ異性に分類される。

 1848年L.パスツールは,同一組成をもつ酒石酸とパラ酒石酸(ラセミ酸)の光学的性質の差を説明するのに成功した。しかし分割された右旋性酒石酸と左旋性酒石酸との構造上の関係を理解できるまでには至らなかった。74年J.H.ファント・ホフとJ.A.ル・ベルは独立に,炭素原子が四つの頂点に原子(原子団)のついている正四面体として扱うと,四つの原子(原子団)がすべて異なるとき,すなわち中心の炭素が不斉炭素原子であるとき,二つの幾何学的配列が存在することを示した(図)。A.W.H.コルベらの反対はあったが,炭素の正四面体説はしだいに浸透し,酒石酸,乳酸,糖類の異性が立体構造の違いによって説明された。88年V.マイヤーは〈立体異性体〉という用語を導入した。酒石酸や乳酸における立体異性は,その構造がたがいに鏡像関係にあり旋光性の符号のみが異なるので光学(鏡像)異性と呼ばれる。ファント・ホフはもう一つの立体異性である幾何異性は,二重結合によって結合の回転が妨害された結果生じることを示した。立体異性体は炭素原子だけではなく窒素原子やその他の原子が関与する結合にも存在することがハンチArthur Rudolf Hantzsch(1857-1935)によって確かめられた。立体異性とそれに基づく現象を研究する分野は立体化学と呼ばれるようになり,97年A.G.ウェルナーは無機化合物の立体構造にまで範囲を拡大した。20世紀に入って飽和化合物の配座解析の手法が導入され,配座異性も立体化学の重要な領域となった。

竹内 敬人
図-ファント・ホフの鏡像関係を示す四面体
図-ファント・ホフの鏡像関係を示す四面体